松山千春 ふるさと  昭和56年(1981年)

・『故郷』(高野辰之作詞・岡野貞一作曲による文部省唱歌

小学生の頃、誰もが不思議に思った”うさぎ美味し”?の歌詞で始まります

うさぎひし山 小鮒こぶなりし

今でも心に響きます

 

・『ふるさと』

 

ああ 誰にも 故郷がある 故郷が ある

 

「五木ひろし」さんの表現力と、作詞家「山口洋子」さんの情景描写がベストマッチしています

「平尾昌晃」さんの名調子に乗り、こちらも叙情豊かな曲に出来あがっています

 

・『ふるさと』

しかし、「松山千春」さんは、まるで懐かしいドラマを見ているように昭和を再現してくださいます

ストレートに情景が浮かび、いつまでも忘れられない「セリフ」が、私の心から離れません

 

ふるさと

 

作詞・作曲:松山千春 編曲:大原茂人

 

都会にはまだ馴染めない若者は、もがきながらも精一杯頑張っています

 

 

喫茶店で ほおづえついて 誰か待つよな ふりをして

 

都会暮らしになれない彼は、何とか「ふるさと」の色を隠そうとします

 

 

店の 雰囲気 冷たい視線 気まずい 思い かみしめて

 

都会人を装ってしたことが、逆に不自然になってしまう状況を、見事に言い表わされているので、ぜひフルバージョンで聴いてみてください

 

 

いやだ いやだと つぶやきながら 人の 波に のまれる

 

人の波に抗(あらが)っていくのではなく、のまれてしまう主人公です

 

「目標をもって頑張りなさい!」と正面から励ましているわけではありません

弱い部分をさらけ出してくれるからこそ、共感が生まれ、ちょっとした安心を授かります

情けない生き方をしていた自分にも、この歌を聴くと何となく勇気をもらえた気がするのです

 

1981年といえば、一躍メジャーへと押し上げた『長い夜』が発売されています

ロック調のリズムが広く世に認められた後のこの作品は、ちょっとした回帰でした

フォーク調を愛する私にとっては、嬉しさもひとしおだった気がします

 

「ありがとう チー様! すぐに帰って来てくれたのね♡」(ファンの間では、「チー様」と呼ばれていたらしいです)

・・・と囁(ささや)いたかどうかは、定かではありませんが、心に残る作品(名ドラマ)であることは間違いありません

 

時間の都合で(?)中盤は割愛(かつあい)させていただきます

 

そして伝説のシーンの登場です(ネタバレしますので、いやな方は必ず先にこの曲を聴いて下さい)

 

 

急いで 捜す 公衆電話 百円玉の 黄色い ヤツ

 

この歌詞を再び聞いて、「あった! あった!」と思わない人は、残念ですが置いて行かしてもらいます(ウィキペディアで調べてください)

下宿当時の場所はそこそこの都会でしたが、「黄色のタイプ」はそれほど多くは見かけなかった気がします

 

当然「ダイヤル式」で、市外局番は「0」からの始まります(多くの人が使う公衆電話は、ことのほか戻るまでに時間がかかったような・・・)

そして「ヤツ」という呼び方に感動すら覚えてしまいます

 

それまでの「赤いヤツ」では、十円玉を高く積み上げていた情景が懐かしく思い出されます

(はかな)くも辛い「思い出の数」に比例するかのように、受話器がずっしりと重く感じたあの感触が、今でも蘇ってくるようです

 

 

声が きこえる 父さん 母さん 強く受話器を 握りしめ

 

このあたりから「松山千春」さんの声は、ますます気持ちが入り、かすかな震えさえ感じます(こちらも気持ちが入りすぎているので、気のせいかもしれません)

 

 

帰りたいさ 今すぐにでも それが いえずに

それじゃ  又

 

親に電話をかけるという簡単な行為、そのハードルがあまりにも高く感じていたあの頃です

特に男(私)はいけません(「沈黙こそ美学」などと勘違いしているくせに、一言余計なことを言ってしまいます)

 

 

夢なら今も この胸の中  深く 閉じ込めたまま 深く 閉じ込めたまま

 

「…この胸の中~~ ~~」

チー様の透き通った声は、どこまでもどこまでも伸びていき、途切れることを忘れたかのように続きます

 

そしてこの私を、初めて一人暮らしをしたあの頃に、優しく連れて行ってくださいました。

 

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P.S.

 

公衆電話(黄色いヤツ)

 

昭和47年(1972)に100円硬貨も使用できる黄電話が登場しました。
この電話機は、「100円玉でモシモシお釣りはデンデン」「釣り銭ぴんはね電話機」などと話題となったようです。          (NTT東海公衆電話事業部、ウェブアーカイブ)

 

「話題となった」というより、完全に揶揄(やゆ)されています

「デンデン」は当時の電電公社とかけているのでしょうか

 

十円玉を入れて話す「ダイヤル式」の赤やピンクの電話機たち

切れそうになる直前の「督促音」(ブー)、今ではもう聞くことはできません

 

「ドキッ」とした瞬間が蘇るとともに、懐かしくも貴重な音色だったように思われて仕方ありません。

 

 

松山千春 起承転結 初期の名作です  昭和54年

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