時代おくれ 河島英五  昭和61年(1986年)

昭和の名曲であり日本の誇りです

 

阿久悠、森田公一、そして河島英五

 

忘れてはならない、超一流人です

 

そして、唯一無二の傑作の誕生です

 

阿久悠:作詞

 

 

一日二杯の酒を飲み さかなは特に こだわらず

 

一日一杯の缶ビール(第三のビール)を飲みます

つまみはピーナッツと決まっています(少しだけ品質にこだわります)(皮のまま食べると体にいいらしいです)(いつかは千葉県産を!と夢みています)

 

 

マイクが来たなら 微笑んで 十八番を一つ 歌うだけ

 

マイクが来なくても、『時代おくれ』と『サボテンの花』は歌いたいです(いつも立って、ポケットの中に片方の手を入れて)(私のルーティーンですが、失笑をかっています

 

 

妻には涙を 見せないで 子供に愚痴を きかせずに

 

妻には何度も見られています(映画・《冬の華》をみると、必ずが4~5回こぼれます)

子供には、ほとんどの弱みをさらしています(大学中退もバレており、サイテーのやつだと馬鹿にされているのです)(自業自得です)

 

 

男の嘆きは ほろ酔いで 酒場の隅に 置いて行く

 

男の嘆きは、ありません

そもそも男などではなく、ヒモみたいなものなのです

そして、たまに二本目(3%のカクテル系)を飲むと顔が真っ赤になり、家の片隅に置かれます

 

 

目立たぬように はしゃがぬように 似合わむことは 無理をせず

 

酔うとすぐにはしゃぎたくなり、商店街を大声で歌を歌ったことがあります(翌日ちょっと叱られました)

 

少し無理して、似合わねブログなどを始めてみました目立ちたいですが、この内容では致し方ありません)(アクセスは日に一件あるかないかです)

インスタグラムにも挑戦しましたが(2枚投稿しましたが、「違うかな」とあきらめました)

 

 

人の心を 見つめ続ける 時代おくれの 男になりたい

 

「心」どころか、続けることが苦手です(当然、あきっぽい性格だと言われています)

でも、こんな男になりたいです

 

”人の心を 見つめ続ける”(好きなところなので、声がつい大きくなります)

 

中略

 

 

ねたまぬように あせらぬように 飾った世界に 流されず

 

ふがいない自分に、少しあせりを感じています

飾った世界流れに乗りたい気持ちはありますが、うまくついて行けれません

 

 

好きな誰かを 思い続ける

 

この部分で、いつも二人の女性がよみがえります

どちらの人とも、しゃれた思い出はなく、愛されたことなど、ないのですけれども・・・

 

最高傑作

 

昭和61年発表と言えば、バブル経済の波が、押し寄せ始めた頃でしょうか

そんな時代に、あえてこの詩をぶつけてきた「阿久悠」

 

『時代おくれ』は彼の最高傑作と言わざるを得ません

平成3年、誰もが認めたこの作品は、紅白歌合戦で披露されます

皮肉なことに、バブル崩壊が、始まった時期でもあるのです ”ウキペディアより”

 

著作権のこともあり、全文を掲載できないのが残念です

二番の歌詞がまた素晴らしいのです

 

あくまでも「引用」という形なので、イメージを壊してしまう駄文を入れました

重ねて、おわび申し上げます。

 

作曲:森田公一

 

いずれ、『青春時代』/「森田公一とトップギャラン」(昭和51年)でご紹介予定です

 

河島英五

 

やはり、『酒と泪と男と女』が有名ですが、詩の良さは言うまでもありません

そしてもう一つ

 

『生きてりゃいいさ』(河島英五・作詞作曲)

 

 

喜びも悲しみも 立ちどまりはしない めぐり めぐって行くのさ

 

提供された詩や曲や、自ら創作したや作品を、彼独自の世界観で表現していきます

まるで俳優のように、名演技を見せるくれるのです

 

 

生きてりゃいいさ いきてりゃいいさ そうさ生きてりゃいいのさ

 

この詩は、子供が生まれた報(しら)せを聞き、新幹線の中で書き綴(つづ)った家族へ向けた作品らしいです

 

今では、ご家族の、そして彼の作品に触れ、多くの感銘を受けた私たちみんなの、叶(かな)わぬ願いとなってしまいました。

 

P.S.

 

織田信長も愛したこの言葉

 

 

人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり ≪敦盛より≫

 

(「一般的な武士の人生観として、50年ぐらいしか、生きられない」みたいな、誤ったイメージをもっていました)

 

”人の世のたかが50年なんて、下天の世のたった1日でしかない

人生とは、儚(はかな)くもあり、夢・幻のようでもあります”

織田信長、享年49歳(満48才)

 

故「河島英五」さん、48歳でこの世を去りました

信長さんには、何ら思い入れはございませんが、あまりにも若すぎます

 

『生きてりゃいいさ』に込めた彼の想いが、三人のお子様に届きますよう、心からお祈り申し上げます。

 

口惜(くちお)しかりき 次第ぞ           ≪敦盛より≫

最後の一節です

 

この悔しさは、私などには想像もつきません

 

ただ、生きていることを普通に喜び、精一杯感謝することしかできないのです

でないと、早くに先立たれた方々に、失礼な気が致します。

 

 

昭和の名曲 鈴木一平 水鏡 

小林繁 昨日の女 昭和55年(1980年)

 

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