たどりついたらいつも雨ふり ザ・モップス 昭和47年(1972年)

役者としての「鈴木ヒロミツ」さんしか知りませんでした

日本のグループサウンズ、ロックバンドである「モップス」のリードボーカルでした

いわゆるアイドル的人気のグループサウンズ(GS)とは違う、彼らの代表曲

『たどりついたらいつも雨ふり』は衝撃的なサウンドを奏でていたのです

 

たどりついたらいつも雨ふり

 

作詞・作曲:吉田拓郎

 

イントロからのメインギター&ベースの音に注目(注耳?)しなくてはいけません  っと誰もが言っています(実は最近、少しづつベースギターに耳を傾けるようにし始めています)(なんかベースに注目するとプロの評論家ぽいし)

 

疲れ果てて いることは 誰にもかくせは しないだろう

 

キャラとして3枚目イメージが強かった鈴木ヒロミツさん

そのお声は、素敵なベースの音と同様、力強くそしてとてもシブく響いてきました(意外にも声はかなりの男前です)

 

ところがオイラは 何のために こんなに疲れて しまったのか

 

”気楽に行こ~よ おれたちは~” で始まる、前年(1971年)に流行った「モービル石油」のCMソングが、なぜか思い出されます(「気楽に行こう」モップス / 作詞作曲:マイク真木)(藤達也さんもお若くて素敵でした)

 

実際は少し調べて思い出したのですが、改めて見てみると一つのドラマを見ているようで、昭和の底力を垣間見るようです

 

そんな往年の「鈴木ヒロミツ」さんの姿を思い出しながら聴いてみると、また格別なのでした

 

吉田拓郎

 

 

それでもやっぱり 考えてしまう  アー このけだるさは 何だ

 

「吉田拓郎」さんは若き力を遺憾なく発揮され、全力で「自分」を注ぎこんでおられます

詩も曲も構成も自分独自のやり方は、この頃から一切ぶれることはありません

 

・・・などど書いてみましたが、実際はよく知りませんし、全く理解していませんでした

 

「森進一」さんへの楽曲提供「襟裳岬」は、その後の歌謡界を変えてしまうほどのインパクトを与えた、衝撃的な試みだったようです

 

(詳しくは、ウィキペディアをご参照ください、どうもとんでもないくらい凄い人だったみたいです)

(浅田美代子さんをたぶらかし、キャンディーズのスーちゃんまでも食指を伸ばそうとした「女たらし」のイメージ(どんだけ偏見が…)をかなり改めなければなりません)

 

(確かに『アンドゥトロワ』は名曲ですし)(『やさしい悪魔』の衣装は最高傑作だったし・・・まぁこれは関係ないけど)

 

たどりついたら いつも雨ふり そんなことの くりかえし

 

とにかく、偉大なるこの作品をこうして今聴けることに、感謝の念しかございません

 

鈴木ヒロミツ(モップス)

 

かたや「鈴木ヒロミツ」さんは、イケイケ(?)のロックンローラー

この方も、こうと思えばどこまでも我が道を行くタイプでしょうか

デビューしてわずか1年、所属のレコード会社の意向を突っぱねて解雇され、他社に変わってしまいました

 

改めて聴いてみると、バンダナ巻いてヒッピー風な人のよさそうなイメージは一変します

ちょい悪オヤジで、一本筋の通った生き方を貫いた人物だったのです

 

曲もファッションも生き方も、この自由さすべてがいいのです

当時の映像を見ていると、カッコ良さはもちろんですが、そこには本物のアーティストが堂々と歌っていたのです

 

役者以前に、歌の舞台で光り輝いていたのでした

 

星勝(モップス)

 

間奏のメインギターも有名な方が演奏されているのでしょう

そんな軽い思いで調べてみると・・・

 

作曲家、アレンジャー、ギタリスト、音楽プロデューサー、歌手

この方もとんでもない人でした

 

「井上陽水」「小椋佳」「安全地帯」「上田正樹」「尾崎豊」「甲斐バンド」「中島みゆき」「来生たかお」・・・

そうそうたるアーティストに、しかも私の大好きな作品にかかわっておられる方なのでした

 

『セーラー服と機関銃』(薬師丸ひろ子)のイントロに代表される多くのアレンジ技術は、「星泉ちゃん」じゃなくても、誰もがこう口にするでしょう

 

「か・い・か・ん!」

(この機関銃をぶっ放すシーンは何度見ても最高ですし、「赤川次郎」原作本は何度も読みたくなる作品です)

 

小説「セーラー服と機関銃」より

ふぐりのアカもなめあった仲」みたいなたとえを、ヤクザの佐久間がします

星泉(女子高生):「ふぐりって?」)

佐久間:まぁ上品に言えば金玉じゃ・・・・

私は、このシーンが好きでたまりません(もう何年も読み返していないので、ちょっと違うかも)

 

話がそれて申し訳ありません

 

今日は何故かおだやかで 知らん顔してる 自分が見える

 

最後は綺麗な裏声できっちりと決めてくれます

私は、毎日おだやかに過ごしていますが、いまだに自分のことがよく見えません(まだまだ修行が足りないのでしょう)

 

明日の天気も雨ふり、どしゃぶりのようです

どこにもまだ、たどり着けない自分が見えます。

 

P.S.

 

土砂降り(どしゃぶり)

 

字面(じづら)から、土砂崩れが起きるほどの激しい雨のことかとずっと思っていました

 

「語源は「ドサッ(擬態語)+降り」で空から容器をひっくり返したように、ドサッと降り続ける意です。土砂降りは当て字です」『日本語原広辞典』

 

語源については何か釈然としませんが、「どしゃ降り」といえば

 

『どしゃ降りの雨の中で』(和田アキ子・作詞大日方俊子)

 

どしゃぶりの 雨の中で わたしは 泣いた

やさしい人の 思い出を つよく抱きしめて

 

「鈴木ヒロミツ」さんとは同じ事務所の「和田アキ子」さん

カバー曲『たどりついたらいつも雨ふり』では 彼の声がフィーチャーされています

 

「鈴木ヒロミツ」さんが亡くなれた翌年(2008年)、リリースされていました

今では、芸能界の重鎮となられたアッコさんです

 

「ヒロちゃんはホリプロで一番古い先輩で、私がデビュー直前から現在まで本当によくかわいがってもらっていて、芸能生活が長くなってからも私を叱ったり注意してくれたのもヒロちゃんだけだった  《ラジオ番組『アッコのいいかげんに1000回』より》

 

当時からこわもてのアッコさんを、変わらずずっと叱っていた「鈴木ヒロミツ」さん

たぶん、優しさ備えたとても器の大きな人だったに違いありません

 

戒名には自分の名や家族の名前の一部が入っており、家族を愛する気持ちが込められている。

(ウィキペディア)より

 

器の大きさは、いかんともしがたいのですが、家族への愛する気持ちは、負けないよう頑張りたいと、改めて思う今日この頃の雨ふりなのです。

 

 

伊丹哲也&Side By Side 街が泣いてた  昭和55年

 

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