『おもいで酒』 小林幸子 哀愁の歌謡曲 昭和のCD全10巻 2-7

 

昭和歌謡生活50年、こんな経験したことがない

 

作詞:高田直和 作曲:梅谷忠洋

昭和歌謡を聞き始めてはや50年

これほどまでに名前を知らない方の作品にお目にかかるのは初めてです

 

「教師生活25年、こんな経験したことがない」

町田先生の定番のセリフです

両サイドの目から涙が棒のように溢れます

漫画「ど根性ガエル」は脇キャラも素晴らしい、忘れられない作品でした

「梅さん」「ヨシコ先生」「ゴリライモ」(正式には五利良イモ太郎と言うらしいです)

 

特に「梅さん」が大好きで、すしの配達中にアベックを冷やかしつつ電柱にぶつかり、ずっこけます

「ヨシコ先生」に一目ぼれですが、クリスマスには自分の育った施設に必ず訪れる事を何より優先し、彼女のお誘いすらも断るのでした

 

話を戻すと、この名も知らぬ制作人たちが作った『おもいで酒』

昭和歌謡生活50年、”こんな経験したことがない”のでした

 

苦節15年 名のある制作者でさえ

 

「小林幸子」さんは、9歳の時(1963年)にテレビ番組でグランドチャンピオンとなり、「古賀政男」先生にスカウトされました

その翌年、さっそく『ウソツキ鴎』でデビュー、20万枚のヒットとなります

 

ここからの下済み生活が超長く、『おもいで酒』のヒットの兆しが見え始めたのが1979年

かれこれ15年以上の月日がたっていました

 

その間の制作者たち

まずは作詞家

「石本美由紀」「なかにし礼」「阿久悠」「たかたかし」「ちあき哲也」「喜多條忠」・・・そうそうたるメンバーの方たちが、いろんな作品を提供し続けていました

 

作曲家も負けていません

「古賀政男」に始まり「鈴木淳」「平尾昌晃」「浜圭介」「杉本真人」「小林亜星」・・・挙げていったらキリがありません

 

これほどまでに多くの有名作家たちが携わっているという事実こそが、「小林幸子」さんの偉大さの証明となります

しかし、天は彼女に一向にふり向いてはくれませんでした

この作品が発表されるまでは…

 

『おもいで酒』は当初はB面あつかい

 

発売当初『六時、七時、八時』が表題曲でした

その後の売れ行きの厳しさが、何となくぷんぷんと香ってきます

 

そんな気合の入らない雰囲気の中、B面曲『おもいで酒』が大阪有線で総合1位となったのです

人生何が起きるかわかりません

 

幸子の幸(さち)は

 

1964年からこの年1979年まで、毎年のようにレコードは発売され続けていました

彼女の「努力」か、はたまた「才能」か、スタッフ達もあきらめません

 

”幸せを数えたら 片手にさえ余る”と「ばんばひろふみ」さんは『SACHIKO』で語ります

”幸子の幸は 何処にある”「あがた森魚」も『赤色エレジー』で嘆きます

 

「小林幸子」の「幸」は、思わぬところでしっかりと芽生えていました

無名の作詞・作曲者による「無欲の心」と「見事なセンス」が、大きな幸せを運んできてくれたのです

 

低迷期には一人で全国各地を行脚し、レコード店やラジオ局などへキャンペーンを行っています

夜は飲み屋やキャバレーで泥酔客に絡まれながらも歌い続けていたと「ウィキペディア先生」は教えてくれました

 

2年ほど前には雑誌にセミヌードまで披露しています

精神的にもつらく、一番きつかった時期だったでしょう

 

「紅白歌合戦」にこの曲で初出場しています

彼女が「NHKホール」で見たものは、「挫折」や「あきらめ」の文字が消えゆくような、感慨深い光景だったかもしれません

 

最後に私の大好きな「ニックニューサ」の『サチコ』の歌詞を掲載させていただきます

サチコ サチコ お前のすべてを・・・

好きだぜ 好きだぜ いつ いつまでも        【作詞・作曲:田中収】

 

「自分を生きる」ことを決してあきらめない人って「梅さん」同様、本当に素晴らしいですね

 

 

 

 

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました