『川の流れのように』 美空ひばり 哀愁の歌謡曲 昭和のCD全10巻 2-16

 

秋元&見岳コンビ

 

若い人たちにメッセージを残したいという、「美空ひばり」さんの意向によって製作されたアルバム、その表題曲が『川の流れのように』です

若者よりにということで「秋元康」さん作詞は、誰しも納得するところです

でも、作曲者「見岳章」さんは存じ上げませんでした

 

彼について少し調べてみると「とんねるず」の『雨の西麻布』に突き当たりました

作詞も同じ秋元氏、とんねるずにはあまり興味ありませんが、この曲は名作だと以前からずっと思っていました

「見岳章」さんは、『すみれSeptember Love』で有名な「一風堂」のメンバーみたいです

 

そして名曲『あじさい橋』でおニャン子クラブの「城之内早苗」を演歌の世界へとデビューさせていました

このヒットにより、『川の流れのように』へとつながっていったのでしょう

 

ちなみに、「おニャン子クラブ」に関しては不勉強であり、「テレフォンクラブ」ならばほんの少しの造詣はありますが、「秋元康」氏についても同様、私の知らない世界となっています

 

1937年から1989年の生涯

 

作詞:秋元康 作曲:見岳章 編曲:竜崎孝路

生きることは 旅すること

終わりのない この道

 

「美空ひばり」さんが生前発売された、最後の楽曲となります

アルバム作品の数ある中から、どうしてもこの曲をシングルカットしたかったようで、思い入れのとても強い作品だったようです

しかし、”終わりのないこの道”に突然終止符がうたれました

 

1989年1月8日、彼女は元号が「昭和」から「平成」へ移り変わった日を、このように短歌で詠みました

「平成の我 新海に流れつき 命の歌よ 穏やかに…」

 

この3日後に『川の流れのように』はシングルカットされ発売となります

けれども、この時には彼女の肺は、歌うことに耐えれる状態ではなかったのでした

 

ウィキペディアでは、人物について「解説」「収録曲」「タイアップ」「カバー」等、色々な面から説明してくださいます

「美空ひばり」欄ではその膨大な情報量に驚かされます

彼女の存在の大きさがそのままここに写し出されていました

 

ああ 川の流れのように ゆるやかに

いくつも時代は 過ぎて

 

昭和12年~平成元年

文字通り昭和と共に生き、昭和の最後を見送り、昭和から平成にと「日本の歌」の流れを紡いだ人だったと思います

 

日本コロンビアの集計によると、令和元年現在の生涯売り上げ枚数は1億1700万枚(故三橋美智也/1億600枚・B,z/8260枚)

昭和から平成、平成から令和へと「美空ひばり」さんは、今でも日本人の心の中に生き続けていました

 

いつまでも

青いせせらぎを 聞きながら

最後の歌詞です

 

川のせせらぎを聞くたびに、彼女の声がそこに重なり合います

ストレスを避けて生きることが難しくなった昨今、この歌がそっと心を落ち着かせてくれるのでした

 

美空ひばりの名曲 セリフを歌い、歌を語り、物語を燦燦とつむぎます

 

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