秋元&見岳コンビ
若い人たちにメッセージを残したいという、「美空ひばり」さんの意向によって製作されたアルバム、その表題曲が『川の流れのように』です
若者よりにということで「秋元康」さん作詞は、誰しも納得するところです
でも、作曲者「見岳章」さんは存じ上げませんでした
彼について少し調べてみると「とんねるず」の『雨の西麻布』に突き当たりました
作詞も同じ秋元氏、とんねるずにはあまり興味ありませんが、この曲は名作だと以前からずっと思っていました
「見岳章」さんは、『すみれSeptember Love』で有名な「一風堂」のメンバーみたいです
そして名曲『あじさい橋』でおニャン子クラブの「城之内早苗」を演歌の世界へとデビューさせていました
このヒットにより、『川の流れのように』へとつながっていったのでしょう
ちなみに、「おニャン子クラブ」に関しては不勉強であり、「テレフォンクラブ」ならばほんの少しの造詣はありますが、「秋元康」氏についても同様、私の知らない世界となっています
1937年から1989年の生涯
作詞:秋元康 作曲:見岳章 編曲:竜崎孝路
生きることは 旅すること
終わりのない この道
「美空ひばり」さんが生前発売された、最後の楽曲となります
アルバム作品の数ある中から、どうしてもこの曲をシングルカットしたかったようで、思い入れのとても強い作品だったようです
しかし、”終わりのないこの道”に突然終止符がうたれました
1989年1月8日、彼女は元号が「昭和」から「平成」へ移り変わった日を、このように短歌で詠みました
「平成の我 新海に流れつき 命の歌よ 穏やかに…」
この3日後に『川の流れのように』はシングルカットされ発売となります
けれども、この時には彼女の肺は、歌うことに耐えれる状態ではなかったのでした
ウィキペディアでは、人物について「解説」「収録曲」「タイアップ」「カバー」等、色々な面から説明してくださいます
「美空ひばり」欄ではその膨大な情報量に驚かされます
彼女の存在の大きさがそのままここに写し出されていました
ああ 川の流れのように ゆるやかに
いくつも時代は 過ぎて
昭和12年~平成元年
文字通り昭和と共に生き、昭和の最後を見送り、昭和から平成にと「日本の歌」の流れを紡いだ人だったと思います
日本コロンビアの集計によると、令和元年現在の生涯売り上げ枚数は1億1700万枚(故三橋美智也/1億600枚・B,z/8260枚)
昭和から平成、平成から令和へと「美空ひばり」さんは、今でも日本人の心の中に生き続けていました
いつまでも
青いせせらぎを 聞きながら
最後の歌詞です
川のせせらぎを聞くたびに、彼女の声がそこに重なり合います
ストレスを避けて生きることが難しくなった昨今、この歌がそっと心を落ち着かせてくれるのでした
了
美空ひばりの名曲 セリフを歌い、歌を語り、物語を燦燦とつむぎます
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