昭和の名曲 60年代まで

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昭和の名曲 60年代まで

海は恋してる ザ・リガニーズ 1960年代の素敵な感受性

いつの時代も恋するものは皆、輝くらしい。 小学生でも大人でも80過ぎても生きている者みんなに平等に与えられています。
70年代 演歌

美空ひばりの名曲 セリフを歌い、歌を語り、物語を燦燦とつむぎます

森繁久彌さんが「歌は語れ、せりふは歌え」と言っておられました。 『悲しい酒』は、まさにこの言葉に集約されます。
2023.01.13
昭和の名曲 60年代まで

『柿の木坂の家』 青木光一 「望郷の思い」と「初恋」と…

ふる里を愛し、自然を愛した「船村徹」先生。名作『悲しい酒』を書かれた、昭和の歌謡界を代表する作詞家の一人、「石本美由紀」先生。そして「青木光一」さんの人柄がしのばれるような優しい歌い方に心が和みます。
昭和の名曲 60年代まで

明日という日は明るい日と書くのね… アン真理子 『悲しみは駆け足でやってくる』

昭和の名曲『悲しみは駆け足でやってくる』 無邪気な少年をも虜にした、この素晴らしい旋律と憂いのある歌声、そしてセンスある歌詞 50年以上たった今でも、心の片隅に残り続けているのです。
昭和の名曲 60年代まで

小林旭 『自動車ショー歌』 燃える男は熱き心に訴えます

戦後歌謡界を代表する作詞家の一人「星野哲郎」さんがこの詩を書いたところに、一層の魅力を感じています。 「小林旭」さんにしか歌えない歌でしょう。
2023.11.23
昭和の名曲 60年代まで

仲宗根美樹の歌 『川は流れる』  「有馬 兵衛の 向陽閣へ♪」も名曲です

「わくらば」(病葉)この言葉が印象的です。 不朽の名作『あざみの歌』の作詞者でもある「横井弘」さんは、哀しみを、そしてほんの一筋の希望を抒情的に哀愁をもって綴られています。
2023.01.19
昭和の名曲 60年代まで

カルメン・マキ 『時には母のない子のように』 半世紀すぎた現在も本物の音は鳴り続けていました

『時には母のない子のように』でデビューした頃の映像を、薄らぼんやりと覚えていますが、17歳だったことを今初めて知り、驚きよりも感動が先に訪れます。 そして半世紀が過ぎた今の活動も同じ感想が残ります。
2023.02.26
昭和の名曲 60年代まで

中山千夏 『あなたの心に』 議員・じゃりン子チエちゃんとの共通点が見つかりません

「中山千夏」さんと同い年の「都倉俊一」さん、共にデビュー曲・デビュー作品となります。 21歳の若き二人は、『あなたの心に』そして日本人の心に、大きな夢を託すのでした。
2023.01.22
昭和の名曲 60年代まで

フランク永井 『おまえに』 並みの音域とは違う”君が恋しい” 

「フランク永井」さんに、歌ってもらいたい曲がいっぱいある気がします。 そして「フランク永井」さんの、聴いてほしいん曲がいっぱいあるのです。
昭和の名曲 60年代まで

日野てる子の歌 夏の日の想い出 ハワイアンの思い出 

(昭和40年)の紅白の映像はとても新鮮で、「日野てる子」さんは凛(りん)として歌っておられました。 長いストレートの黒髪と花の髪飾りがトレードマークだったようです。
昭和の名曲 60年代まで

小樽のひとよ 鶴岡雅義と東京ロマンチカ ギター演奏聞きのがせません

ボーカルの「三条正人」さんのお顔を初めて拝見し、歌声と共に驚きを隠せません。 70年代初頭のムード歌謡は少しだけ聞いていましたが、ここに原点があることを教えられた気がします。
昭和の名曲 60年代まで

弘田三枝子 『人形の家』 彼女はこの曲に…をあずけたまま 

“愛されて 捨てられて 忘れられた 部屋のかたすみ” この歌詞の存在が、「人形の家」を、「なかにし礼」さんのすべてを物語っているといっても過言ではありません。 「弘田三枝子」さんは、最先端のファッション及びその美貌で、健気な女性の思いのたけを、文字通り「〇をかけて」表現されています。
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