敏いとうとパッピー&ブルー 『よせばいのに』 メンバーの入れ代わりはあるが、やはり森本さま

『タイガーマスク』のオープニング曲の「行け!タイガーマスク」そしてエンディング曲「みなし児のバラード」を歌っていた「森本英世」さま

小学二年生の頃(1969年)から大好きなお声は今も健在でした

 

ありがとう「タイガーマスク」・ありがとう「ムード歌謡」・ありがとう「森本英世」さん・「ありがとう浜村淳です」??

 

よせばいのに 昭和54年(1979年)

 

「三浦弘とハニーシックス」の楽曲で、1976年5月にシングル発売されています

『お嫁にゆけない私』と共に「三浦弘」さんの代表曲です

 

作詞・作曲:三浦弘 編曲:竜崎孝路

 

大好きなこのイントロ、いつもうっとりと聴き入ってしまいます

「竜崎孝路」さんの最高傑作と言えるでしょう

 

いつまでたっても  駄目なわたしね

 

ラストの歌詞を頭に持ってくるこの演出に頭が下がります

競作として、多くの方々が歌われてきましたが、やはりこの編曲と「森本英世」さんのボーカルはクセになります

 

 

女に生まれて 来たけれど 女の幸せ まだ遠い

 

男に生まれて来たけれど、男の幸せ・・・

そんな私のことはどうでもいいですが、出だしの歌詞から痺れます

 

 

せっかくつかんだ 愛なのに 私のほかに いいひといたなんて

 

湿り気を感じないテンポある旋律だからこそ、いじらしくもやるせない思いが募ります

 

 

どうにもならない愛だとわかって いても

お嫁にゆきたいあなたと 暮らしたい

 

思いのたけを一気に吐き出すように、躍動感あるリズムに、思わず気持ちが溢(あふ)れ出ます

また、「行く」ではなく「ゆく」との表現に、叙情的な雰囲気が伝わりような気がするのです

 

“あきらめきれずにメソメソ泣いている”

そんな彼女のことが好きになりすぎて、歌われている「森本英世」さんまでいじらしく思えてきて・・・

 

 

馬鹿ね 馬鹿ね  よせばいいのに・・・

 

そんなとても危険な香りを誘うほどの名曲なのでした

 

森本英世50周年ディナーショー (2019年)

 

とてもよく似合う白いスーツを身にまとった「森本英世」さんは、《白いマットのジャングル》ではなく、素敵な舞台から現れてきました

お馴染みのイントロが流れる中、「よせばいいのに」からの始まりです

 

当時、御年70歳の彼は私が以前から知っている「森本英世」さんそのままです

甘い声、甘いマスク、甘い仕草

見ているこちらが糖尿病になりそうなほどに、この甘さに惹かれてしまいます

 

ご高齢となっても多くの昭和歌手が活躍されています

しかし、「森本英世」さんほど当時のパフォーマンスを維持されたアーティストを他に知りません

ピンクや赤のスーツに全く違和感はなく、ステップも鮮やかです(特に『百万本のバラ』は必見です)

 

「いつまでもお元気で!」

『わたし祈ってます』

 

お決まりのアンコールでは、また『よせばいいのに』を歌われるのかと期待していました

しかし、披露されたのは、感激の「タイガーマスク」オープニングテーマ曲『行け!タイガーマスク』

 

以前にも触れましたが、初めて買ってもらったのがこのレコードです(親父は『なみだの操』を買っていました)(誰かに卓上プレーヤーをもらった?からでょう)

 

フェアー・プレイできりぬけて 男の根性みせてやれ

 

素晴らしい根性です

これほどのパフォーマンスを維持されるには、プロとしての並々ならぬ鍛錬を日々されておられうるのでしるのでしょう

 

”ゆけ ゆけ タイガー” ゆけ! ゆけ! 森本さん

これからもご活躍を祈念いたします

 

ちなみに、B面『みなしのバラード』も私の中で「名曲3大バラード」として、ずっと心に残り続けています

 

 

P.S.

 

パチンコなんて、よせばいいのに…

 

「SANKYO」の『フィーバー』に対抗する形でリリースされた、「平和」の『ブラボー』

元祖「羽モノ」・『ゼロタイガー』ともに発売されたのが1981年(昭和56年)です

 

それまでは、地道にチューリップが開くたびに快感を覚えていた19歳の少年です

きれいにそろったデジタル数字に、血湧(わ)き肉躍(おど)る日々が突然訪れたのでした

 

阪急電車をわざわざ乗り換え、降りた駅は「塚口」(急行は止まるが、特急は通過する微妙な繁華街でした)

2軒が立ち並ぶパチンコ店の真新しいドアは、この先5年間休みなく続いた、地獄のような生活の入り口だったのかもしれません

 

その日も、コテンパンに負け店を出るとき、背中越しに流れてくるのがこの曲です

 

馬鹿ね 馬鹿ね  よせばいいのに

 

別のポケットに入れた電車賃220円を固く握りしめます(一度その硬貨まで使い切ったときは、流石にショックでした)

「もうやめた」と心に誓って・・・次の日にはまた・・・

 

駄目な駄目な 本当に駄目な

いつまでたっても 駄目なわたしね

 

リフレインのように繰り返されるこの歌詞と私の人生

誰に強制されたわけでもなく、親の感謝しながら生きていくしかありません

 

あれから40年

次男も20歳の大学生となり、めでたくパチンコ店に出入りしているようです

タバコも吸わず、決して入りびたることなく、とても健全にギンタマを楽しんでいるようです

 

しかも、大当たりしてもすぐに交換してやめて帰るらしいです

 

『おまえはいったい誰の子だ!』

私によく似た顔を眺めながら、心の中で叫んでいました

 

そんな彼のギャンブル報告を聞きながら、「うん、うん、勝負事のセオリーだな」などと、訳知り顔で答えています

 

百円玉のギザギザのあとが残るほどに握りしめていたあの頃

忘れてはいけないあの痛みを、改めて思い出させてくれたこの曲と息子に感謝するばかりです

 

ちなみに、長男は一切ギャンブルはしないようです

彼はガンダムに造詣が深く、塗装ブースまで部屋に作っています

今までサッシを少し開け、排気していたようですが、どうも壁に穴を開けたいようです(早速、知り合いに工事を頼みました)(パチンコにハマるよりは安いものです)

 

数年前に、小学生の娘も含めて子供3人にマージャンを教えました(母親には断られた)

指先の運動による脳への刺激、創造力や総合マーケティング育成等、こんな素晴らしい教材は他にはありません

 

今年、久しぶりに4人でマージャンをして盛り上がりました(あまりに盛り上がったので、パイ一式買ってしまった)

家族のだんらんを感じながら・・・

そして、母親の冷たい視線を痛いほど感じながら・・・

 

早いもので、末娘ももう大学受験生です(性格は私に一番似ているかも)

 

彼女にパチンコ店の真新しいドアが近づいてこない事だけを、切に希望している今日この頃でした。

 

 

小樽のひとよ 鶴岡雅義と東京ロマンチカ ギター演奏聞きのがせません

 

昭和の名曲 70年代
スポンサーリンク
昭和の名曲 一曲入魂ブログ  70年代~80年代の懐メロ 200選(収まりきれないかも)

コメント

タイトルとURLをコピーしました