小樽のひとよ 鶴岡雅義と東京ロマンチカ ギター演奏聞きのがせません

この歌のイントロ及び編曲は、鶴岡さんのギター演奏なくして語れません

普通のクラシックギターとは違うのでしょうか?

レキント・ギターとか呼ばれているみたいですが、調べてみてもよく分かりません

 

でも、このギターの音色が聞きたくなると、この『小樽のひとよ』を訪ねてきてしまいます

 

小樽のひとよ 昭和42年(1967年)

作詞:池田充男/作曲:鶴岡雅義/編曲:鶴岡雅義

 

ボーカルの「三条正人」さんのお顔を初めて拝見し、歌声と共に驚きを隠せません

70年代初頭のムード歌謡は少しだけ聞いていましたが、ここに原点があることを教えられた気がします

男らしい風貌と甘い歌声のギャップに、しっかり魅了されてしまいました

 

逢いたい 気持ちが ままならぬ  北国の街は 冷たく遠い

 

冬の北海道は、住まれている方は大変でしょうが、やはり絵になります

小樽には土地勘も接点もなく、何の知識もございません

しかし、この小樽という名前の響き・札幌でも函館でもない微妙なこの立ち位置に、なぜか心を惹かれます

 

粉雪まいちる 小樽の駅に ああ 一人残して 来たけれど

もうこの頃から、港町には活気が薄れて来ていたのでしょうか

後ろ髪を引かれる思いで、東京へと旅立ちます

 

忘れはしない 愛する人よ

 

「三条正人」さんの哀愁のこもった男の嘆きは、高い歌唱力により魅了されるのです

「鶴岡雅義」さんのギターは職人芸の域に達しているようで、トレードマークの黒い眼鏡と共に黒光りしており、誰もが酔いしれるのです

そして忘れてはいけないのがコーラスの妙(高音のハーモニーがたまりません)、まさに三位一体(さんみいったい)と言えるでしょう(そして小泉内閣の三位一体政策も懐かしくしのばれます)

 

語り明かした 吹雪の夜を ああ 思い出してる 僕だから

かばらずいくよ 待ってておくれ

 

二人はなぜ、別れ別れに暮らさなくてはならないのでしょうか

道ならぬ恋の匂いも少しいたしますが、ここは純粋に生活費を稼ぐために都会へと旅立ったのだと、私的にはそう思いたいのです

 

どちらにせよこの名曲、”忘れはしない 愛する人よ”

 

”忘れはしない 三条正人様”

 

この記事を書きながら、出足の歌詞にずっと引っかかるものがあったのですが、先ほどやっと思い出しました

この歌を初めて聞いたのは「平野雅昭」さんの『演歌チャンチャカチャン』だったのです

1977年、黒の蝶ネクタイに黒のタキシード姿で一世を風靡しました(?)

 

チャーン・チャーカ・ラッ・チャ・チャ・チャと昭和の名曲をたくさんご紹介してくださり、心より感謝いたします。

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P.S.

最近、チラホラと見かけるようになってきた「ケイトウ」と「彼岸花」です

(小樽とは一切関係ありません)

ケイトウの花

ニワトリのトサカに似ていることから「鶏頭」と呼ばれています

ニワトリの頭にある赤い部分が「トサカ」がです

「トサカにくる」なんて今では死語となったこの言葉、なぜか秋の訪れとともに哀愁さえ感じてきます

 

幼き頃は、母親が「けいと、けいと」と呼んでいました 毛糸?

「鶏頭」だと知ったときは結構な驚きとともに、なるほどと感心したものでした

 

二つの赤い花「ケイトウ」「彼岸花」

今年も忘れずに、よその家の庭・路地・田んぼのあぜに咲いてくれました

 

こんな秋の訪れは、田舎暮らしの醍醐味なのかもしれません。

北原ミレイ 石狩挽歌(いしかりばんか) 昭和50年

内山田洋とクールファイブ 『この愛に生きて』 グループ歌手は数あれど…

 

 

 

 

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