小林旭 自動車ショー歌 燃える男、それがお前だぜ…

戦後歌謡界を代表する作詞家の一人「星野哲郎」さんがこの詩を書いたところに、一層の魅力を感じています

 

「小林旭」さんにしか歌えない歌でしょう

そこには、軽くて軽妙な中から伝わってくる、時代の勢い、激動の昭和があったのでした

 

自動車ショー歌 1964年(昭和39年)

 

作詞:星野哲郎 作曲:叶弦大(かのう げんだい)

 

この主人公の男性、夜の蝶「あの子」にかなり入れあげているようです

(カッコ内はあくまでも個人的な想像で、追記しました)

 

あの子を ペットに したくって

当時のトヨペット店の専売車種について調べてみると、代表的車種として「マークⅡ」と「コロナ」がありました

そうでした、そもそも「コロナ」の派生車として「マークⅡ」が登場し、初代車名は「コロナマークⅡ」

今見てもとてもオシャレです

 

しかしこの歌詞、のっけからかなり責めており、今なら即アウトでしょう

 

ニッサン(日参)するのは パッカード(バカだけど?)

世界を代表する名門高級車メーカーだったパッカード社

戦前に作られていた「パッカード120」

異次元のデザインに、惚れぼれ致します

 

骨のずいまで シボレーで(金品ほか、心まで絞られまくり)

ゼネラルモーターズ (GM) が製造・販売する自動車のブランドである「シボレー」

 

スポーツタイプの「カマロ」もいいですが、やはりシボレーといえば「アストロ」

豪華な内装にカスタマイズされたコンバージョンバン

アメリカンなイケイケ感がたまりません

 

あとでひじてつ クラウンさ

トヨタを代表する、それこそ日本の自動車を代表する、最も古い歴史を持つブランド「クラウン」

 

いつかはクラウン」というキャッチコピーを聞いてから、はや40年近くたちました

上位モデル「クラウンマジェスタ」やレクサスブランドが次々と登場する中、いまだに所有したことはありません

 

ちなみに、息子が15年落ちのクラウンロイヤルを購入し、いろいろ手を加えたその車に乗せてもらいました

走行距離10万キロオーバー、しかもかなりのシャコタン車

 

「腐っても鯛」・「いじってもクラウン」といえども、マフラーからの爆音を聞きつつ、何か違う感が残るのは否(いな)めません

なんとも言えない寂寥感が漂うのでした

 

今でも、「いつかは…」とずっとクラウン愛を持ち続けている私なのでした

 

ジャガジャガ(ジャンジャン)のむのも フォドフォド(ほどほど)

もし、外車を1台頂けるのなら、迷わず「ジャガー」

XJエグゼクティブ4.0-V8(車体色は緑)/2000~2003年式、低走行・極上車にてお願いいたします

 

ジャガー(英: Jaguar)は、イギリスの高級車メーカーである。現在はランドローバーとともに、インドのタタ・モーターズ傘下に属し「ジャガーランドローバー」を構成する。

1989年にフォード傘下となり、その後はこのようにウィキペディアが説明してくれています

 

栄枯盛衰とはいえ、時代の流れは非情なものです

動物のジャガーを模したあのエンブレムは、今も私の中で輝き続けています

 

 

当初、1番の最後の歌詞 ”ここらで一発シトロエン” は放送禁止処分を受けたため変更して吹き込み直し、次のような歌詞で再発売されたようです

 

ここらで止めても いいコロナ(頃な)

こちらも少し不謹慎だと感じられるかもしれませんが、当然コロナウイルスとは一切関係はございません

それにしても、”・・・・・シトロエン”の歌詞が埋もれてしまったのはとても残念です

(万事派手好きだった創業者の「アンドレ・シトロエン」さんも、落胆したに違いありません)

とにかく、秀逸すぎます

 

この辺で「車名」の話は、もうおなか一杯になってきました

たしかに、”ここらで止めてもいいコロナ” でしょう

 

星野哲郎&叶弦大

 

作曲者「叶弦大」さんは、軽妙でテンポある曲調で盛り立てます

彼の作品を多くは知りませんが、『下町育ち』(笹みどり)『夜明けの停車場』(石橋正次)など、しっとりと聞かせる名曲がたくさんありました

 

『自動車ショー歌』の素晴らしい作詞(1番のみ)を紹介しましたが、「星野哲郎」さんの作品の中での一番のお気に入りは『昔の名前で出ています』

 

夜の街を名前を変えながら転々と…

最後の止まり木・横浜(ハマ)酒場に戻ったその日から、あなたが探してくれるのをずっと信じて待つ女性…

 

『昔の名前で出ています』

健気な彼女は、誰ともなしにそっとつぶやくのでした

 

この言葉・この詩の世界感・物語性に出合えたことへ感謝の念に堪えません

 

ちなみに、この曲も「叶弦大」さんです

このお二人に、もうひれ伏すしかありません

 

そして肝心の「小林旭」さんです

 

小林旭

 

こんなエピソードがウィキペディアにありました

ある映画の撮影で、小林が崖から飛び降りる場面で代役のスタントマンが大怪我をした。病院に小林が見舞いに行くと病室から「痛てぇ痛てぇ」と聴こえてきたのを耳にして、以来スタントマンを用いずにアクションはすべて自分がやるものとした

 

かつては日本映画の撮影でも実弾が用いられたことがあったと明かした。「散弾銃なんてのは、5号だとか7号だとかって撃つのは当たり前だった」と振り返った小林。「だから我々は『映画の中で本物の銃を使っただろう』って警視庁からお呼びが掛かって、銃刀法で不法所持だって、1晩2晩、警視庁で取り調べ受けた」と明かし、出演者たちを驚愕させた

 

『熱き心』を持った、燃える男「小林旭」さんがとても好きです

名曲『赤いトラクター』もインパクトがあり、よく似合っていました

 

 

P.S.

ヤンマートラクター

我が家の農作業倉庫にも ”燃える男の赤いトラクター” があります

冬から春にかけて、田んぼを耕すときには大活躍してくれます

 

カラスや鳥たちもよくご存じで、トラクターの後をついてきて、大好物のカエルに狙いを定めます

可愛い小鳥も近くまで寄ってきて、バードウォッチングとしても最適です

 

しかし、シラザギだけはどうも好きになれません

トラクターの前に堂々と立ちはだかり、ゆっくりと横切るのです(アクセルを踏みたくなります)

友人に聞いてみても、あまり良く思っていないようで、彼いわく「奴は目つきが悪い」と苦々しく言っていました

 

そして、一生懸命逃げるカエルを心から応援し、シラサギの邪魔をしたくなるのも人情というものでしょう

カラスも黒くなければあんなに嫌われることもないだろうになどと、ぼんやり考えながらの田んぼ仕事です

 

見た目も意外とオシャレな彼は、不平不満など一切言いません

寝起きは多少機嫌が悪いですが、いったん目覚めると兵糧が尽きるまで戦い抜きます

 

「小林旭」さんも、愛情込めて歌っています

それがお前だぜ  いつも仲間だぜ  さあ行こう  さあ行こう

地平線に立つものは  俺たち  二人じゃないか (『赤いトラクター』作詞:能勢 英男)

 

とてもうらやましい関係を築かれています

我が家の泥まみれの赤いトラクターが不憫に感じ、少しだけ愛(いと)おしくなったのでした

 

少し前の買った高圧洗浄機が「そろそろ私の出番ですよ!」と、黄色い声でささやいているのが聞こえてきました。

 

 

『そんな夕子に惚れました』 歌手、増位山太志郎の「そんな男のひとりごと」だったのかもしれません

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