作詞:有馬三恵子 作曲:平尾昌晃
歌唱力とタレント力 昭和49年
昭和のアイドルは、基本的に歌がうまいです
当時は、それほどに感じていなかったアイドル達も、改めて聴いてみると、皆さんかなりの歌唱力です(天地真理ちゃん・桜田淳子ちゃんなど皆さん凄かった)
しかし、風吹ジュンさんは違いました(浅田美代子さんも結構うまかったように思えてきます)
正真正銘の歌唱力の低さは、認めざるを得ません(ある意味、清々しいほどに突き抜けています)
本人も、十分過ぎるほど分かっていただけに、辛かったでしょう(今思えば、笑顔の奥の哀しみを、うまく隠せる力を持っていたのかもしれません)
言葉で 言えたら どんなに 素敵でしょう
半音(?)づつ上がっていく、とても綺麗なメロディーラインです
「どんなに」のあとの感動のブレス音
(今思えば、メロメロにさせる作為さえ感じるほどです)(ただ、息を継ぐという自然な事柄に、45年もの間、耳に残り続けるのは、後にも先にも彼女ただ一人です)
当時、こんな強力な「ジャブ」をかわせる若者が、いたでしょうか(しかも美貌という「最強パンチ」が、同時に見舞われます)
見た目と歌い方の可愛さと相まって、これはもはう、一つの芸術品と言えるでしょう
「癒(いや)しを与える」という一点に絞れば、昭和の最高傑作に違いありません(当時のおじさんたちを、どれくらい救ってきたことか)
*(文中の内容については、あくまでも男性に限った個人的感想です)
風吹ジュン
母親の離婚・再婚に翻弄(ほんろう)され、一次合格していた高校も断念
中学頃から貧しい生活(育児放棄)を送り、18歳で銀座の高級クラブ勤務(この時スカウトされます)
華(はな)やかそうな芸能界に憧(あこが)れた? 誤解です
「歌が下手な、可愛いだけの歌うたい」
こんな心無い言葉を聞くことも多かったと思います
色んな誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)が、容易に想像されます(可愛ければ可愛いほど、風当たりは強くなるものです)
そんなイメージが間違いだったことに、彼女を知れば知るほど痛感します(ごめんなさい、私は何も分かっていませんでした)
愛している時 素直に なれたら どんなに 素敵でしょう
最後の歌詞です
この曲を聞いたのは、たぶん45年ぶりだと思います
優しく語り掛けるその歌い方は、やはり「世界チャンピオン」でした(こっちは、もうじいさんになり、当時よりも10倍のダメージです)(なんと心地よいパンチでしょう)
彼女は、どんな思いで「あの笑顔」を私たちに見せてくれていたのでしょう
女優・風吹ジュン
離婚に至るまでも、かなり壮絶です(とんでもない旦那さんでした)
出演作品を多くみているわけではありませんが、気になる女優さんでした
どんな苦難も「すべてを受け入れた」経験から、自然とにじみ出てくる「人間・風吹ジュン」
彼女の演技に魅せられるのは、そんな理由からかもしれません
映画、「無能の人」(日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞)と『愛がはじまる時』
是非、どちらとも御体験ください(私も映画は見ていませんが、素晴らしい作品に決まっています)(監督・主演:竹中直人)
ある時、「風吹ジュン」さんは、インタビューに答えます
「何があっても添い遂げるのが夫婦だと思っていました。親としても責任があるのですから・・・」
「同じ思いを子供にさせたくない・・・」
今のお幸せが末永く続くことを願うとともに、感動のブレス音が再び聞けることを、楽しみにしています。
P.S.
「無能の人」
「石」を売るという、途方もないことを考える、ダメ亭主のお話(みたいです)
女房役の「風吹ジュン」さんは、ここでもじっと耐え続けるのでしょうか
どんな亭主か、見ていないのでわかりませんが、彼女の実生活での元ご主人も相当です
血筋もよく、お金もあり、仕事もできる人だったのかもしれません
しかし、「放蕩」ぐあいも、途方もないダメ亭主だったことは、間違いないようです
放蕩(ほうとう)とは
自分の思うままに振る舞うこと。やりたい放題にして、家の財産を使い尽くす。特に、酒にふけったり、女遊びにふけることを指すことが多い ”ウキペディアより”
酒にふけっていたかは、わかりませんが、「覚せい剤・大麻」は、ふけっていたようです(逮捕歴4回)
何より許せないのは、「荻野目慶子」さんとの不倫関係です(自己責任とはいえ、かなり好きな女優さんでした)(逆恨みと言われようが、許せません)
彼こそが、仕事はできても「無能の人」と言いたい。
最後になりましたが
原作の漫画「無能の人」(作者:つげ義春さん)も興味深く、一読されることをお勧めいたします。
了
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