あべ静江 みずいろの透明感で若き日を訪ねます

前置きが少し長くなります

なので、本文から読み進めていただいて大丈夫です

 

【どうでもいい・まえがき】

介護事業を全くの個人で初めてはや4年

経営的には厳しい状況が続き、送迎車は10万キロを余裕で超える古い軽自動車ばかりです

 

そんな折、家族から「車に乗るのは危険だから廃車にしてしまえ」と言われた利用者さまからお話がありました

ご家族ともとんとん拍子に話が進み、そのお車を有り難くいただくこととなりました

 

車種はニッサン「マーチ」平成24年度登録です

満10歳のこの車、走行距離も98000キロと働き盛りもいいとこです

しかも、よすみ・両横のしたはらに、勲章ともいうべき大きなえくぼとすり傷の豪華オプション付きです

 

この高齢者限定特別仕様「マーチ」、自分で少しお色直しを施し、私にはとてもお気に入りで、毎日楽しく送迎に励んでいます

 

今日もスマホからブルートゥース接続(息子にしてもらった)し、軽快な昭和歌謡が流れます

贅沢を言わせてもらえば、唯一の欠点として純正スピーカーの性能です

 

個人的には、同じ日産の「モコ」(軽自動車・ピンク色)の方がいい感じなのです

ちなみに、「マーチ君」の入社と入れ替わりにこの「モコちゃん」はとても惜しまれながらも引退が決定しています(17万キロ超・常習のオイル漏れあり)

 

『22才の別れ』のあの繊細なギターのイントロ、『北の漁場』の迫力あるドラムの打ち込み等

なんとも物足りないのです

 

 

【本題に入ります】

そんな「マーチ」(送迎車)から、なぜか超高音質のイントロが流れます

このクリアーな音質は、ほんとにあの「マーチ君」かと一旦車外に出て、小傷を塗りつぶした下手なペイントあとを確認したほどの衝撃だったのでした

 

コーヒーショップで 1973年

昭和を代表するイントロ

 

『クイズ・ドレミファドン!』のイントロクイズをご存知でしょうか

イントロフリークだった私は、「超イントロ」コーナーでよく『てんとう虫のサンバ』とよく間違えました

 

そんな思い出と共に、小気味よいドラムの音が響きます

そして、昭和の哀愁を一手に担う楽器「オーボエ」です

この旋律を聴いているだけで、黒歴史しかない学生時代が少しだけ色づいた思い出として変換され、蘇えるのでした

 

そこに、バックで一定のリズムを刻むシンバルがとても気持ちよく追走してくれます

この「シャカシャカ」音、字面(じづら)にすると印象悪く感じますが、まぁ耳がありがたがります

 

冒頭で触れたこの高音質のアレンジ

「オーボエ」と「シャカシャカ」は古い表現ですが『喜び組のツートップ』と呼んで差し控えないでしょう

阿久悠の戦略

ふらりと立ち寄った音楽関係者は、まったく見識もない「あべ静江」という人のデビュー作品を、「阿久悠」さんにオファーします

 

古くから 学生の 街だった

始まりから「学生」「街」を入れてきます

 

ご存じのように、この作品のリリース前年(1972)『学生街の喫茶店』(ガロ)がヒットしています

当然この作品を意識するなと言っても、正直難しいです(たとえるなら、素敵な転校生が自分の隣の席に座った時に、何度もチラ見するように…)

 

城跡の 石段に 腰おろし

本を読み涙する 人もいた

綺麗な状況描写です

 

卒業して少しの月日が経ち、ふと訪れたくなったあの頃の街・・・

社会に出て、ほんの少しの辛さを経験した彼女の憂いのある清らかな横顔・・・

 

「あべ静江」さんが歌うと余計に、いろんなことが次から次へと想像され、映画のように素敵な風景が流れていくのでした

 

そんな話を してくれる

コーヒーショップの マスターも

 

??

え!「マスター」の話かい!!

曲のサビと同時に、状況を一変させてしまいます

 

「阿久悠」さんは、写真でしか知らない歌い手に詩を付けることをためらったのかもしれません

顔なじみの「マスター」に語らせることで独自の世界を完成させます

 

このマスターの人生における深い話を聞きながら、彼女はこうつぶやきます

 

マスターの かれた似顔絵 私は描いて

なぜか 心を 休めてる

 

今までは、一歩も二歩も退いて観察していた彼女です

このような形で主人公は、最後にやっと舞台に登場するのでした

 

ここでいう「か(枯)れる」は、当然、植物が枯れ落ちるのではなく、「円熟して、落ち着いた深い味わいが出てくる」ぐらいの意味になるのでしょうか

 

透き通る「あべ静江」さんの声

”本を読み涙する人もいた” までの「三木たかし」先生の恐るべき音階のチョイス

「馬飼野俊一」先生のクリアーでノスタルジックなアレンジ

 

これらすべてが重なりあい、私も ”なぜか心を休めて” いるのでした

 

そして最後にこう問いかけていました

「自分はきちんと枯れることが出来ているのだろうか」と・・・

 

【どうでもいい・あとがき】

あの「マーチ」君です

今日も元気に朝昼晩と動き回ってくれています

 

音質の件では少し誤解していたようです

音の設定もいろいろ準備されており、今では音響的にも十分満足しています

 

究極のどうでもいい

彼の後ろに「子供が乗っています」的なステッカーが貼られていました(お孫さんでも使われていたのかもしれません)

一時は結構流行っており、いろんなバージョンを見かけました

赤ちゃんがサーフボードの上にいる写真など、ニヤリとさせられます赤ちゃんが波に乗っているの意味らしい)

 

年を取ると偏屈になります(私の場合は生まれつきで、輪をかけて)

この手のステッカーを見るたびに、「だから、どうした」と変にとがってしまいます

 

「気を付けてくださいね」とおっしゃりたいのでしょうが、親切の押し売りに思わないでもありません

 

年を寄せるほどに、素直に見ることが出来なくなってきています

本当に虫食い落ち葉のように、枯れてしまっているのでしょう

 

そして今日、こんなステッカーを見つけました

「家にねこがいます」

だから?

なぜに??

これぞまさしく、「究極にどうでもいいステッカー」とも言え、何だか笑えました

 

どんなことであれ、突き抜けたこの発想や才能を目にすると、年寄りの常套手段「将来の日本についての憂う」の心がなぜか休まる今日この頃なのでした

 

岩崎宏美 曲『思秋期』 昭和における日本人の聖母(マドンナ)

昭和の名曲 70年代
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