”嵯峨野笹の葉 さやさやと・・・”
日本語の美しさを余すことなく取り入れた、名曲『嵯峨野さやさや』
作詞家の「伊藤アキラ」先生の活躍の場はとても幅広く、「松本ちえこ」さんにも素晴らしい作品を提供されました
【問題】 : 奥さん(旦那又は恋人又は意中の人)が考えている、下記の事柄
「一番かわいい所」「一緒に行きたい所」「一番好きな言葉」「現在やりたいこと」
「行きたい所」と「やりたいこと」では、その理由も書き加えねばなりません
あなたはこの試験、何点を勝ち取りことができますか?
恋人試験 1976年(昭和51年/3枚目シングル)
作詞:伊藤アキラ 作・編曲:あかのたちお
あかのたちお 作・編曲
ご本人の笑顔と明るくてテンポのいい曲調のイメージが強く残っています
久しぶりに、イントロからきちんと聞いてみると、驚きです
アコースティックな綺麗な弦の音と共に、澄み渡るオカリナの音色は心に響いてやみません
どこか、寂しい別れの悲壮感さえ漂っています(悲しい現実に影響されているのかもしれません)
「オカリナ」といえば「おかずクラブ」
ではなく、『岬めぐり』のイントロは有名です
この名曲をしのぐ程のアレンジを聞かせてくれたのが「あかのたちお」先生です
『めぐり逢い紡いで』『弟よ』の編曲をされていました
このブログを読まれている方はご存じだと思いますが、はっきり言ってメロメロに心酔しています
三本の矢のように、芸術的とも思われるこれらのイントロが頭の中で同時に流れ、昭和の心に突き刺さるのでした
ただ何となく、印象深い曲調だったので取り上げた『恋人試験』
名イントロ三本ぞろいで、「毛利元就」公も安芸の宮島のかなたから「もみじ饅頭」を食べながら、さぞ満足されておられることでしょう
伊藤アキラ 作詞課
私の一番かわいいとこ どこですか
次のうちからひとつに マルつけて
今更きかれても困ります(誰もきいていませんが…)
結婚してかれこれ25年、お互い酸(す)いも甘いも噛(か)み分ける仲
あえて言うなら「昔と変わらぬ澄んだ瞳」???
深夜になると、どうも調子が狂い変なことも書いてしまいます
夜が明け冷静さを取り戻して、いつものようにスマホを眺めます
画面の「松本ちえこ」ちゃんは、悲しくも、昔のままに可愛く歌っていました
耳 くちびる ちいさな瞳
胸 くびすじ まあるいお鼻
ご本人には失礼かもしれませんが、あの少し「まあるいお鼻」がとても好きでした
0点なんかじゃ 許さない 100点とるひと 大嫌い
知っているのに ワザとまちがえる
65点のひとが 好き 好き 好き
リズムに沿って、バシバシと音階に言葉を投げ入れていきます
あらゆる球種を使いながら、気持ちいい音をたてながらミットの真ん中に収まるのです
”65点のひと好き”
女性という生体は、なかなかに難しいものなのです
「いやいや、80点・85点のほうがいいでしょう」と、女心を理解できない私なんかは思ってしまいます
プロの作詞家は、女性の気持を女性以上に読み解き、女性以上に女性になりきることができるのでしょう
”65点のひと好き” ・・・
そんなふうに思える人こそが、とても魅力的な人だということを学ばせてもらいました
松本ちえこ CM曲
YouTube動画にこんなコメントを見つけました
16、7歳の頃、ファンレター出して自筆で返って来たのが松本ちえこでした
70年代のアイドル歌手達は、今よりも身近で、今よりもずっと自然なままの姿を見つめることができたように思います
当然、事務所の戦略や意図的な方向付けもあったでしょうが、不完全なるがゆえの美しさが、時折見え隠れしていたように思われます
〈ウィキペディアから抜粋させていただきました〉
1977年暮れ、「卵巣腫瘍の疑い」として入院することとなったが、妊娠疑惑が浮上します
退院後に会見を行ったが、年末年始を挟んだことが災いして情報の伝達が遅れ、アイドルとしての商品価値を失う結果となった
「商品価値」という言葉が、彼女への喪失感と共に哀しみ、そして憤りを増幅させます
バスボンのうた
「松本ちえこ」さんといえば、資生堂「バスボン」のコマーシャルは外せません(そういえば、コマーシャルという言葉も聞かれなくなってきています)
(作詞:糸井重里、吉田博昭 作曲:あかのたちお)
まんまる顔の女の子は いいツマになれるって
私ってなれそう? ね、バスボン
当時、資生堂から販促用のソノシート盤として一部に配布されたようです
始まりの曲調がよく似ており、『恋人試験』の制作のヒントとなったような気がします
わが家はエメロン(旧・ライオン油脂)派だったようで、使った記憶はありません(値段が安かったのかもしれません)
バスボンのCMインパクトはすごかったようです
中でも、このCMが好きでした
「ちえこ」ちゃんが投手役でボールを投げ、大暴投
なぜか4~5人いる審判の判定はみんなストライク(そしてバッターはずっこけます)
彼女の可愛さゆえに成り立つ演出です
突然の病は誰しも避けることはできません
享年60歳だったと、きています
現在私も60歳を迎え、思い出深くこの曲を聴かせていただいています
”ね、バスボン
バスボン バスボン バスボン バスボン・・・”
3年が過ぎた今でも、忘れられないあの笑顔がすぐそこにある気がしました
私の一番好きな言葉 なんですか ・・・
夢 おもいで あしたの希望 ・・・
改めて聴くには辛すぎる歌詞もあります
でも、これからも聴き続けたいと思っています
昭和の名曲に感謝するとともに、昭和のアイドルスターに出会えたことに「ありがとう」という言葉を捧げます。
了
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