二葉百合子 『岸壁の母』 ”とどかぬ願いを”浪曲調で切々と…  

昭和29年(1954年)菊池章子さんが歌いヒットしました

そして昭和47年、浪曲師「二葉百合子」さんは、この歌を歌詞入り(作:室町京之介)でカバーしたのでした

 

岸壁の母 昭和47年(1972年)

 

作詞:藤田まさと 作曲:平川浪竜

 

 

母は来ました 今日も来た この岸壁に 今日も来た

 

作詞された「藤田まさと」さんは、モデルとなった「端野いせ」さんのインタビューを聞いているうちに身につまされ、すぐにペンを取り、高まる激情を抑えつつ詞を書き上げました(昭和29年) (”ウィキペディア”より)

 

 

とどかぬ願いと 知りながら

もしやもしやに もしやもしやに ひかされて

 

「ひかされて」をずっと「聞かされて」とばかり思っていました

 

【ひかされる(引かされる)】 気持ちが強くひきつけられる。引かれるの意(大辞林より)

私は、この歌詞で一番大事な部分を勘違いし、分かったつもりでいたのです

 

 

《セリフ》 港の名前は舞鶴なのに、なぜ飛んで来てはくれぬのじゃ

 

息子の声が、一言でも聞きたい一心で、おがみ続けるのです(さすが浪曲師、たとえが素晴らしいです)

 

 

《セリフ》 愛し子待ちて今日も又、どとう砕くる岸壁に立つ母の姿を・・・

 

藤田さんのメリハリある曲の流れで、二葉百合子さんの歌と語りで、そして室町さんの浪曲で培ったこのセリフで、母の気持ちを余すことなく表現してくださいました

 

母親の愛の深さには、男親は決してかないません

改めて、思い知らせれる私でした

 

二葉百合子

 

恒例!第38回・年忘れにっぽんの歌

 

御年(おんとし)74歳(たぶん)の彼女は、堂々とした振舞いで歌いあげています

そのお声は、荒波が岸壁を叩きつける音に負けていません

どこまでも高く、のびやかに突き抜けていきます

声量といい声の張りと言いとても70歳を超えた方とは思えませんでした

 

この動画に仰天していた私は、まだまだ浅はかだったことを、その後知らされます

まだこの時点では、「二葉百合子」さんにとって、芸能活動のほんの通過点だったのでした

 

ラストコンサート 平成23年(2011年)

 

不動のたたずまいで、1時間半の「歌謡浪曲」コンサートです

この年、80歳を迎える「二葉百合子」さんは、昭和47年のレコード収録時と変わらぬ歌唱を披露されました(驚きのレベルは、とっくに通り越しています)

 

3歳で初舞台を踏み、芸能活動77年、『岸壁の母』発売から40年が経とうとしていたのです

NHKは何でこの歌を紅白歌合戦で、広く国民に聞かせてくれないのでしょう

母の愛だけに収まらない、戦争の悲惨さや先人の方たちへの感謝をも伝えるこの歌こそ、毎年放送していただきたいのです(弟子の方々が、この先も歌い継いでくれています)

 

受信料の支払い義務があるならば、公共放送としての役割とは何か、深く再考を願います(国営放送ではないという矜持を見せてください)

コンサートも大詰め、司会者の徳光さんはこのように紹介しました

「最後の曲を迎えました。・・・名調子・熱唱・絶唱、 あの曲です」(いい仕事をされています)

イントロが始まり、途中浪曲や語りを挟みながら、要した時間は16分間でした

『岸壁の母』の3番を歌う頃には、少し疲れたのか、声が途切れがちになりました

 

はい、浅はかな私、part2(パートツー)です(救いようがありません)

「二葉百合子」さんは、気持ちが入るあまり、感極(かんきわ)まっていたのです

まるで、この歌のモデルとされた「端野いせ」さんご本人が、歌われているかのように・・・

 

P.S.

 

人間国宝(重要無形文化財)

 

重要無形文化財の保持者として各個認定された人物を指す通称です

芸能分野は、雅楽、能楽、文楽、歌舞伎、組踊、音楽、舞踏、演芸の8つの種別に分かれている(”ウィキペディア”)

なぜか、歌舞伎役者の方が多く選ばれていました(歌舞伎のことはよく知らない私なので、他意はありません)

 

77年間にわたり、衰えることなく鍛え抜かれた声、語り、そのすべての所作

後世の人達にも必ず称賛されるであろう、素晴らしき職人技だと思います

 

文部科学大臣殿

新分野となりますが、「二葉百合子」さんを何とか「人間国宝」としてお願いします。

 

 

バーブ佐竹 『虫けらの唄』 親ガチャの悲哀が漂います

坂本九 上も向いて歩こう 昭和36年(1961年)

 

 

 

 

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