りりィ シンガーソングライター 『オレンジ村から春へ』 

『あつまれ どうぶつの森』(あつ森)に登場する動物「リリィ」に関する情報ではありません

天才シンガーソングライターのお話です

 

『私は泣いています』『ベットで煙草を吸わないで』と全体的にも照明がおとされた雰囲気の曲がイメージされます

そんな「りりィ」さんに、こんなにも明るい曲があるなんて

 

オレンジ村から春へ 1976年(昭和51年)

作詞:作曲 りりィ

 

オレンジ村も 花ざかり 村長さんも うかれ出て 相変わらずの俺たちさ

 

少しハスキーな声はあくまでも低く、浮かれた感じの曲調とのギャップに戸惑います

ベッドで泣きながら歌ってはいないようなのです

 

 

(ラララ) 春の心が つたわるならば 早く帰って きておくれ

 

徐々に何だかウキウキしてきて、当時のCMもフラッシュバックするわで、心は弾んできます

 

春がきてたよ オレンジは好きかい?

 

何と優しいも美しい旋律でしょう

 

ここまでくると、気持ちは春真っ盛りです

「りりィさん、可愛い!」

思わずそう叫びたくなります

 

冬からはいでた つくしんぼ 菜の花畑も たんぽぽも

君に見せたい ものばかり

 

”私は泣いています…”の彼女の姿は、もうどこを探しても見当たりません

 

春を待ちわびるには少し早いかもしれませんが、春の香りを感じる一曲として、つくしんぼのように私の中にはいでてきてくれたことに感謝致します

 

りりィ

 

「りりィ」という芸名はブラブラしているときに仲間が付けたあだ名が元のようです

「ィ」だけがカタカナなのをご存じでしたか?

「なんとなく自分で変えた」という彼女らしいエピソードです

 

この「何となく」が私はとても好きです

お母さまが17歳の時亡くなり、当たり前のようにスナックで弾き語りを始めます

この頃にもう曲作りをされており、その作品の完成度も素晴らしのです

 

人に言えない苦労も沢山経験されてきたでしょうが、そんな素振りは見せません

何となく人に勧められ、何となく曲を作り、何となく歌っているように見えてしまいます

 

それは、超ファインプレーをいとも簡単そうにさばく、名プレイヤーたちを連想します

 

に惹かれ、に惹かれ、そんな彼女の自然な生き方に惹かれてしまうことに、何ともいえない気持ちよさを感じてしまうのでした

 

”ウィキペディア”にもうひとつ、次のようなエピソードが紹介されています

 

本来は3オクターブの音域を持つ美声だったが、風邪をひいた日に二升近く日本酒を飲み、朝まで歌い続けたら翌日声が潰れたという

 

事実かどうか分かりません

真実度の如何を問わず、彼女の歌に触れればふれるほど、私の中では「りりィ」さんは伝説の神となるのです

 

りりィ+洋士

 

そんな「りりィ」さんがこの『オレンジ村から春へ』を楽しそうに歌っている姿

2007年 りりィ&洋士Lily-Yoji】(Harmonica/深沢剛 Percussion/深瀬)のライブ映像です

芸術の域を超えた、プロフェッショナルな方たちによる演奏による彼女の歌は、魅力にあふれていました

 

地方の文化ホールの地さな一室

 

お話はギタリスト「洋士」さんが中心です

聞き覚えのあるシブい声は、あの有名なセリフ

” 何も足さない。何も引かない。”(サントリー・山崎)

 

その美声の持ち主「斉藤洋士」さんとの二人だけのライブ、とても貴重な映像です

お互いに尊敬しあった同士ののようなものが、伝わってくるのでした

「心温まるお話」「偉大なるアーティスト」の人生が凝縮された「証」みたいのものがあった気がします

 

最後にアンコールという形で『オレンジ村から春へ』が披露されます

この曲が最後に聞けた嬉しさと、ちらりと映った会場の小ささに驚きを隠せません

 

この会場の中には、温かな拍手と笑い声が響いています

その光景は、たとえば満員の武道館の大歓声にも、何ら引けを取ることのない、とても素敵な光景でした

 

すべてに無知だった私はただ、見ていることしかできません

 

ひょっとしたら、このようなライブを彼女が望んでいたのかもしれません

今更知る由もありませんが、「りりィ」さんの手話を交えながらの歌声、楽しそうな表情が今も目に焼き付いて離れません

 

 

早く帰って きておくれ  春がきてたよ オレンジは好きかい?

 

最後の歌詞が、リフレインのように心に響き渡ります

 

まだ春は来ていません・・・

オレンジは普通に好きです・・・

「りりィ」さんが大好きです。

 

P.S.

資生堂 春のキャンペーンソング

「オレンジ村から春へ」(1976年春)→小椋佳「揺れるまなざし」(1976年秋)→松本ちえこ「バスボンの歌」(1976年、バスボン)と続きます

 

「マイ・ピュア・レディ」「サクセス」「夢一夜」「燃えろいい女」・・・名曲は怒涛のごとく続きました

 

当時から化粧品には当然興味はなく、印象的なのはやはり「バスボン」

 

まんまる顔の女のコは いいツマになれるって

私ってなれそう?   ね、バスボン    (作詞:吉田博昭)

 

「松本ちえこ」さんといえば、名曲『恋人試験』

でも『バスボンの歌』、改めて聴いてみると彼女にぴったりです

 

バスボンの香り、オレンジの香りと共に旅立ってしまわれた、お二人のご冥福を祈らずにはいられません。

 

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