作詞:大矢弘子 作曲:叶弦大
ありがとうの歌 昭和45年(1970年)
ドラマ「ありがとう」
作:平岩弓枝 プロデューサー:石井ふく子
さわやかに 恋をして さわやかに 傷ついて さわやかに 泣こう
この歌詞に、この「3つの言葉に」昭和の名ドラマ「ありがとう」が、集約されている気がします
石井ふく子さんは、三顧の礼で、歌に専念したい水前寺清子さんを説得します
「婦人警官」編・「看護婦」編・「魚屋」編
最終4作目の「カレー屋」編は、配役ががらりと変わり低迷(無理やり感が漂います)(やはり、水前寺さんは歌に拘(こだわ)りたかったようです)
水前寺清子・石坂浩二・山岡久乃のスリートップの存在感は、鉄壁です
婦人警官編(昭和45年~)は記憶も薄く、やはり「ありがとう」といえば「看護婦編」です(民放ドラマ史上最高56・3%)(姉の影響で、最初は何となく見ていました)
昔の水前寺さんを知らない方は、石坂浩二さんの相手役?と思われるかもしれません
でも、当時の人気は凄(すさ)まじく、とても可愛くもあったのです
母親役の山岡久乃さん
京塚昌子と並び日本の母そのものでした
躾(しつけ)や礼儀に厳しく、自分に対しても妥協(だきょう)など一切いたしません
そんな中、時折見せる「本当の優しさ」「母の愛」
女優として、母親として、ほれぼれするのです(叶わぬこととはいえ、うちの娘も、教育し直してほしいほどです)
さわやかに 恋をして さわやかに 育てよう
今日も 明日も ありがとう
子供時代に、こんな素晴らしいドラマに触れることが出来たことに、感謝いたします(おふくろの味の「肝っ玉かあさん」も、頼りにしていました)(佐良直美歌唱より)
さわやかに、「ありがとう」といつでも言える自分でありたいと、つくづく思えてくるのです(さわやかに、は少し無理かもしれません)
作詞家:大矢弘子
愛称チータ(ちいさな、たみちゃん(民子)から)の名付け親でもある、「星野哲郎」さん
(「チーター」とばかり思っていました)
デビュー当時から、水前寺さんの歌のほとんどを作詞されていますが、こちらは日にちがありませんでした
LPに収録されていた『さわやかの唄』(一部歌詞を替えて)が、急きょ主題歌となりました ”ウキペディアより”
埋もれかけていたこの曲
素晴しい作品は、必ず世に出る運命なのでしょう
大矢弘子さんのこの歌詞には、生きる力と希望が満ちあふれています
いつも心に 青空を ・・・・ 胸にいっぱい 太陽を ”さわやかの唄より”
そして、同じ人が『愛と死をみつめて』(昭和39年)作詞されていました
まこ
げんきになれずに ごめんネ みこは・・・
「みこ」は、自分の分まで生きてほしいと願います
みこのいのちを いきて ・・・まこ
対照的な二つの作品です
色んな状況を、それぞれの生き方を、あらゆる想いを、詩の世界にはめ込めるのでしょう
「大矢弘子」さんも、尊敬すべきプロの作詞家に違いありません(素敵な詩を「ありがとう」)
作曲家:叶弦大(かのう げんだい)
「石橋正次」『夜明けの停車場』を作曲しておられます
これだけで、完ぺきです(昭和史に残る名曲です)
偉大なる作曲家に、間違いございません(様々な役どころを見事にこなし、家庭菜園を通じて6人の子供を育てあげた、「石橋正次」さんになり代わって、私が補償いたします)
「ありがとうの歌」 / 水前寺清子
さわやかで、テンポよい曲調です
しかし、水前寺清子さんの歌唱は、結構力強く演歌が入った歌い方です
水前寺さんの、勢いのある、しかも筋の通った生き方そのもののような歌でした。
P.S.
「刀折れ、矢尽きました」(弓折れ、矢尽きる とも言う)
素人の悲しさです
書くことも無くなり、禁断の「家族ネタ」に手を出さざるを得ません(家族の皆さん、お許しを)
家族シリーズ・長女編(16歳)(1)
私に似て、好き嫌いが多い彼女
魚は、煮ても焼いても嫌いみたいです
ただし、焼いた魚の皮だけは好きみたいで、私が食べない皮を、喜んで食べてくれます
そして、何より驚くのは、魚の骨をガリガリと食べているのです(アゴが疲れたと言っているのを聞いたことがあるので、相当太いのもやっています)
私は、口の中に小骨が入る感触が大嫌いなので、基本骨のある魚は食べません(魚に骨があるのは当たり前じゃ、バカタレ!と、妻にいつも叱られています)(ぶりの照り焼きか、白身の刺身を一生食べて暮らす、と言い返していますが…)
私のことは、どうでもいいのです
娘語録
「魚は、しっぽと骨を食わんと、なんも始まらん」
(カリッと揚がれば、大きめのエビの尻尾も、当然のように食べています)
う~ん、あんたはえらい!
何が、始まるのかよく分かりませんが、頑張って生きて行ってほしいものです
何か少しでも「ありがとうの歌」と絡(から)めようと思いましたが、どうも無理そうです
刀も弓も無く、はなから矢さえ持っていませんでした。
了
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