中森明菜 / もんた&ブラザーズ 『DESIRE』(デザイヤー) 名曲への欲望が止まらない  

二つ『DESIRE』

どちらも、音楽的アレンジに酔いしれます

いつもより、ボリュームを少しだけ上げてお聞きください

ただし、歌詞の内容は意味深で、私などには、簡単に立ち入ることはできません

 

もんた&ブラザーズ DESIRE   昭和56年(1981年)

 

作詞:園部和範 作曲:もんたよしのり

 

「カッコいい」(地で言うと、「でぇ~れぇ~ かっちょえ~んじゃ」)という言葉は、まさにこの曲のための物です

 

ブラザーズ

 

イントロからの二つのエレキギターが、歌謡曲とは一線を引いた異次元の世界を予感させます

 

 

誰かがお前を 変えた 誰かがお前を 操っているのさ

 

徐々に下がっていくこの音階に、ベースギターの戦慄を感じさせる音が合わさり、哀しみと音楽性を高めます

 

ベースギター

 

「エレクトリックベース」が正式名称らしいです

エレキベース・ベースギター・ベースなどと一般的に呼ばれています(奏者はベーシスト)

弦は基本的に4本(なるほど、言われてみればです)”   ”ウキペディアより”

今まで、あまり意識しなかった楽器です(特に、私のホームグラウンドである演歌と歌謡曲では、影の薄い存在です)

 

ユーチューブでのコメントで「ベースラインがどうの…奏者のだれだれはやはりすごい…」等を見るにつけ、最近になってようやく注目するようになりました(なんか、プロっぽいコメントで羨(うらや)ましくもあったのです)

 

この「ベース音に出会う」、その体験だけでも、この曲を聴く価値があると信じます

そんなベースギターの重要性を教えてくれたのが、「DESIRE」なのです

 

「もんたよしのり」

 

かすれた声、リズムサウンド、オシャレな色んな髪型、すべてに憧れます(髪型は、まぁチョットだけ)

高校を中退して、本格的に音楽活動を開始しますが、東京に出て約8年、限界を感じ実家へ帰ります

どうしても諦(あきら)めきれず、最後のチャンスとの決意で、リリースした曲が『ダンシング・オールナイト』(ご存じのように大ヒットします)(この曲も、もんたの声&ブラザーズが最高です)

 

いつも思うのですが、諦めかけたけれど「もう一度だけ頑張って、それでもダメだったなら…」

「もんた」さんほどの才能もあり、努力し続けた人でも、すぐには認められなかったのです

土壇場での大逆転です(背水の陣をひいた者のみに与えられる最後のチャンスだったのです)

 

諦めないこと、努力し続けることこそが、成功への近道なのかもしれません(すぐ諦め、努力をしない私が言うのもなんですが)

 

 

Desire Desire 心を Desire Desire うちぬく

 

この曲に触れると、あなたもきっと心を撃ち抜かれるでしょう

 

ストイックという言葉が似合う

 

彼の声は、「海辺で声を張り上げ、無理やりつぶして作られた」みたいな話を聞いたことがあります(大声を出しただけで、あんな素敵な声は出ないので、良い子の皆さんはマネをしないように)

 

十数年後(もっと後かも)の動画を拝見しました

キーの高さ動きすべてに、当時を彷彿とさせてくれます

 

中でも、印象的な引きしまった体形(我がおなかに目を向けると、悲しくてやりきれません)

歌に必要なもののみ残し、無駄なものをすべて排除したような、研ぎ澄まされたからだです

 

現代のサムライが、そこに存在していたのです。

 

昭和の名曲 チャゲ&飛鳥 ひとり咲き 昭和54年

 

中森明菜 『DESIRE』 ー情熱ー  昭和61年(1986年)

 

作詞:阿木燿子 作曲:鈴木キサブロー 編曲:椎名和夫

 

演奏:「ファンタスティックス」 踊り《B.G.M》

 

「夜のヒットスタジオ」deluxe版(驚異の2500万超のYouTube再生回数です)

四連打のドラムに始まりベースギターが続きます(ベースの音が何となく分かってきつつあります)

 

この編曲は素晴らしく、初めて耳にしたの衝撃的なドラム音「少女A」を思い起させます

とのかくこの「DESIRE」オリジナルをじっくり聞いていないので詳しくは分かりませんが、アレンジ力、演奏力がとびぬけています

 

バックダンサー「B・G・M」(4人)がプロの踊りを披露していることも見逃せません

 

中森明菜

 

奇抜な衣装(結構好きです)に注目が集まりがちですが、ハードな振り付け(本人の意向が強く入っています)はしなやかで、芸術的でもありす(かっちょえ~んです)

まだ二十歳の女性は、自信に満ちあふれており、尽きることのない声量を惜しみなく届けてくれます

 

 

あなたのセーター 袖口つまんで うつむくだけなんて…   ”セカンド・ラブより”

 

あの少女の姿はもうありません

 

 

まっさかさまに 堕ちて desire   炎のように 燃えて desire

 

この時期の彼女は、炎の如く燃えあがり、「歌姫」としての地位を盤石(ばんじゃく)とします(松田聖子さんの人気に陰りが出始める時期になぜか符合します)

 

昭和の名曲 夜霧のハウスマヌカン やや 

 

P.S.

 

少女Aの衝撃

 

松田聖子さんの「赤いスートピー」を夢心地で聞いていた1982年

(炬燵(こたつ)のテーブルとヒビだらけの壁には、聖子ちゃんカットの本人が、優しく微笑んでいました)

 

そんな、貧しくも平和な暮らしに、「中森明菜」(少女A)さんが、いきなり飛び込んできました

贅沢にも、テレビをステレオ(ミニコンポなどなく、バカでかいやつです)につないで見ていた私

20㎝ウーハーからの、衝撃的なドラムの音は強烈で、今でも赤いスピーカー(Technics / テクニクス・松下電器の音響ブランド)が目に焼き付いています

 

テレビの中の彼女に、アイドルっぽい笑顔はありません

一点を見つめるは思いのほか鋭くあどけなさが残る美少女とは、対照的です

伝説の歌姫との出逢いは、安普請(やすぶしん)のアパートと私の心を激しくを揺(ゆ)らしたのです

 

三畳一間

 

とにかく狭かった

(この狭さが、田舎育ちの私には、嬉しくもありました)(家賃は電気代を含め1万2千円)(当時でも、これほどのボロアパートは、珍しかったようです)

 

貴重な3畳をしめるのは(押し入れ付き・洗面所、トイレは共同しよう・当然風呂なし)

 

1、先ほどから、自慢げに話しているステレオセット(約0.8畳)

 

2、ファンシーケース(当時の定番)(ビニール製で細長く、衣服をつります)(チャックがすぐに壊れました)(0.4畳)

 

3、前の人が残してくれた、無駄に大きい本棚(字が大きく、改行が多くて読みやすい「赤川次郎」作品が並びます)(0.3畳)

 

4、敷布団の上に電気炬燵を置いていました(75×75のミニサイズ)(夏はテーブルとして利用)(リビング寝室ダイニングキッチンをこのスペースでやりくりします)(すぐ寝れるので超便利です)(熱源の出っ張りが少しジャマです)(1.2畳)

 

5、冷蔵庫(おばあちゃんのを貸してくれた)(0.2畳)

 

6、電熱器(0・05畳)(ラーメン作りには欠かせません)(正しくはラーメンしか作らなかった)

 

この部屋がとても気に入り、約5年間過ごしました(大学へはほとんど行ってなかったので、狭いのに友人が授業前に訪ねてくれていました)(ありがたいものです)(後半の3年は今でも、あまり思い出したくない生活でした)

 

 

ストーブ 代わりの 電熱器 赤く燃えていた

 

森田童子『僕たちの失敗』の世界です(ただし、悲しませる彼女など、ずっといません)(この電熱器、思いのほか暖かかったです)(ななめにすると、より効果的です)

 

「もんたよしのり」&「中森明菜」

あなた達は、80年代を象徴するように、とても赤く燃えていました。

 

昭和への回帰

そんな『DESIRE』(欲求)に駆(か)り立てられました。

 

 

西城秀樹  昭和のスーパーアーティスト

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