久保田早紀 百万本のバラ  昭和63年( 久米小百合) 「芸能界の中でも、私はずっと《異邦人》だった」 

この曲に関しては、もともと外国の歌である・・・加藤登紀子のほうが・・・オリジナルで・・・歌詞が違う・・・

 

今回は、そのようなことには、ふれません

とにかく、彼女が綺麗(きれい)!という話です。(ちなみに、見た目だけではありません)

 

綺麗(きれい)な訳詩

 

訳詞:松山善三(映画監督)

 

貧しい絵画(か)きの僕に 出来ることはひとつ 何もかも捨てて 貴女(あなた)を想うこと

誰も知らない 心のささやきを 花びらにそえて 貴女に送りたい

 

”信じてくれますか”と1番の歌詞で、二度きいてくるのです(何と奥ゆかしい)

青年の一途な気持ち熱い想いを、綺麗な言葉で投げかけてきます

 

 

貴女に 捧げたバラの花は 枯れても 枯れても 枯れてもわがいのち

貴女の 貴女の 貴女の胸に咲く あなたの姿は 遠く消えても

 

踊り子の「あなた」は街からまた街へ・・・

バラの花は、枯れてしまいます

 

 

君への 君への 君への 愛は  燃えて 燃えて 燃えて燃えるよ

 

綺麗な表現、綺麗な心、永遠なる純愛

「久米小百合」(旧名・久保田早紀)さんは、デビューからの5年間が、吹っ切れたように淡々と歌ってみせます

 

この歌に、彼女の透き通った声は、似合いすぎているのです

 

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久保田早紀の綺麗な思い

 

彼女には、あまりにも急展開な生活でした

3か月弱で100万枚超えの『異邦人』(最終140万枚)

 

大ヒットしてしまったにより、環境はがらりと変わります

「下積みの生活を経て、少しづつ売れていければ…」

そんなイメージで入った芸能界(デビュー前の水着審査は固辞しています)

「幼い頃から少しづつ作っていた作品が少しでも認められたら・・・」

 

そんな彼女の純真な思いをよそに、芸能界の激しい渦の中に飲み込まれてしまします

「私がこんなところへ、いていいのだろうか?」

いつも、真剣に思い悩み続けます

 

自分が生きてきた環境とは、余りにもかけ離れた場所だったのかもしれません

爆発的なレコード売り上げの割に、テレビへの露出度は少なかったように感じます

次作へのプレッシャー、美貌であるが故の苦しみ、本当の自分とのずれ

彼女は、自ら縮小への道を選んでいったように思われて仕方ありません

 

芸能界での異邦人

 

のちの彼女は、しんみりとつぶやきます

「芸能界の中でも、私はずっと《異邦人》だった」

 

昭和59年、結婚をきっかけとして、「久保田早紀」の名前は芸能から消えていきます

その後の経緯(いきさつ)は分かりませんが、『百万本のバラ』1988年「久米小百合」の名前で発売されます(編曲は夫・久米大作さんです)

 

久米小百合 現在の綺麗さ

 

引退後、クリスチャンである彼女は、「久米小百合」(本名)の名前で、音楽宣教師・音楽伝道者としてすぐに活動していきます

小さな教会で、教会音楽や講演会、交流会にと勤(いそ)しみます

 

動画で拝見した35年前後の彼女は、生き生きとしていました

時の経過は残酷なことは、分かっています(「あの人は今」的な番組など見たくもありません)

ある程度の覚悟を持って拝見しました

 

そこには、どこか淋し気で、戸惑った表情の久保田早紀さんは、いませんでした

ほぼノーメイクの彼女は、最後に『異邦人』を歌っていました(皆さんが、どうしてもリクエストするみたいです)(素顔がいい)

 

「百万本のバラ」で歌った「貴女」そのままの人がおられました

内から自然と出てくる品の良さとでもいうのでしょうか

彼女の色んな映像が見れて、心から幸せを感じました(飾らないお姿・お話は、心が癒(いや)されます)

お歌いになられる声は、昔のままの高さを維持(とても信じられません)されており、当時以上に惹かれてしまいました

 

しゃべり方、その内容、その表情、その振る舞いすべてに魅了されていたのです

(東北へのボランティア活動・チャリティーコンサートも、定期的にされているようです)

 

音楽宣教師とは

 

あるインタビューで、彼女は言われていました

「音楽宣教師とは、”光ってこっちにありますよ” ”愛ってこういうことでは” みたいなことを指し示す仕事だと」「そんな指になれたらいいなと思う」

皆さん方に溶け込みながら、一緒になって、前へ前へと歩んでいます

 

教会の中での彼女、イベント会場での彼女は、もう《異邦人》などではありませんでした

私には《女神さま》にさえ見えてくるのです

久米小百合さんは、あらゆる意味で、とても綺麗な方でした

 

P.S.

 

バラを送ることは、いばらの道?

 

「ばら」の名は和語(日本固有)で、「いばら」の転訛(てんか)したものらしいです(いばら(茨)はトゲがある植物の総称)  ”ウキペディアより”

愛する人へ、熱い想いでバラを送るなら、やはり赤色でしょうか

しかしそれは、ある意味「いばらの道」への第一歩なのかもしれません(百万本は、いくら何でもいばら過ぎますが)

 

もし、久米小百合さんへ花を送るとしたら、赤よりも「白いバラ」、そして「白いばら」よりも「カサブランカ」

花言葉は、「高貴」「純粋」「無垢」(むく)

(以前のブログ「カサブランカ・グッパイ/鳥羽一郎」編で勉強しました)

 

花など、女性に送った経験がない私は、この「青年画家」さんの行動力に感心するばかりです

長い人生、いばらの道と分かっていても、進まなければならない時が、あるのかもしれません。

 

 

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