三船和子 だんな様 「ひろゆき」さんは登場しません

連れ合い、家族、友人たちは、あなたにとってどれぐらい大事な人ですか?

この歌を聴くほどに、大事な人について改めて考えさせられました

 

ちなみに、「私の大事なだんな様」は、妻です

 

と、かっこよく言いたいのですが、詳しくはのちほど・・・

 

だんな様 1982年(昭和57年)

 

昭和の名曲『他人船』から18年、タクシー事故のむち打ちでの後遺症で、一時引退に追い込まれますが、リハビリにより見事に復活せれました

 

作詞:鳥井実 作曲:岡千秋

 

「鳥井実」様の家族愛三部作と勝手に名付けてみました

 

『娘よ』(芦屋雁之助)で父親の愛

『道行き』(殿様キングス)で夫の愛

『だんな様』では、妻の立場で究極の愛を、抑えきれない愛情をほとばしらせます

 

つらい時ほど 心のなかで

苦労みせずに かくして いたい

辛いことも、愛の深さもじっと心の奥底に押しとどめます

 

 

私の大事な だんな様

”だんな様”の歌い方に力が入ります

気持ちがこもります

「大事」さが溢(あふ)れ出ているのです

 

あなたはいつでも 陽の当る

表通りを あるいて 欲しい

そぎ落とされた、無駄のない、シンプルでなおかつ心に残る、そんな旋律で魅了されます

さすがの「岡千秋」様です

 

『浪花恋しぐれ』『長良川艶歌』『波止場しぐれ』

夫婦の絆の深さを曲に乗せることにかけてはスペシャリストに違いありませんでした

 

私の大事な だんな様  あなたに寄り添い

いつまでも 心やさしい 女房でいたい

最後のこの歌詞は、まるで「三船和子」さんの生き方を暗示しているかのように感じたのは気のせいでしょうか…

 

ユーチューブに45歳当時のリサイタル映像がアップされていました

日本髪にシックなこげ茶の着物と、いずれも真っ白な、襟もと・袖うら・草履…

そして圧巻の歌唱です

古き日本人の表現者としての、尊い芸術作品を鑑賞できた喜びに堪えません

 

そして、艶といい迫力といい『他人船』ともども『だんな様』という作品に、心酔している自分が大好きだと、かえすがえすも思ってしまったのでした。

 

結局最後は、「自分自慢かい!」 と総ツッコみを受けそうですが、悪しからず・・・

 

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P.S.

私の大事なだんな様

引き続き、自分自慢・妻自慢をグダグダと書いていきますので、ここからは私の家族以外はこのブログを閉じることをお勧めいたします

 

私の妻は漢(おとこ)です

 

懐の深さが漢なのです

気風もよく、車好きの私にロードスター(二人乗りオープンのミッション車)を買うのを許します

古くは、喧嘩して会社を辞めて帰った私を許します(過去に2回やらかしています)

もう少し古くは、気まぐれで始めた蕎麦屋をつぶしたのを許します(全額妻からの出資で結構な金額でした

 

そして私は、結婚した当初無職でした…

 

お金の使い方が漢です

義理の兄も当時フリーターで、その姉夫婦が親戚にお金を貸して欲しいと相談していたとき、義兄がひどい言われようをされていました

我妻は、自分の事のように親戚に腹を立て、まだ付き合いが薄かった姉夫婦に、即決でお金を融通してくれました(結構な金額、パート2です)

 

金銭感覚はあまりありませんが、男気はかなりあるのです

 

仕事もできます

慣れない農作業もひるみません(農家の長男である私は、汚れるのが嫌いです)

稲刈り・田植えは言うに及ばす、これも慣れない草刈り機でガンガン挑みます

田植え前の田んぼで、二人の子供を丸裸にさせ、泥んこまみれで遊ばせることは言うまでもありません(子育ても基本、死ななきゃいい精神ですが、深い愛があります)

 

高校生の時の、酒屋のアルバイトでは、業者同士を競合させ、夏にはプラッシーのお中元をゲットしていたようです(バイトに心づけとは、この頃から相当しきっていたのでしょ)

若い頃、勤めていた店で集金を頼まれ、相手がヤクザの事務所でもきっちり回収してきます(あなた達のような、明日をも知れない人にツケはできない!と言い切ったようです)

 

「ねえちゃん、俺らより取り立てきついなぁ…」

事務所の方たちからそうつぶやいたといいます

 

そんな彼女は、介護事業を立ち上げ、独立します(二人とも、姉夫婦の介護事業所で働いていました)

勤めていた頃から、私はしゃーなしに、妻はいつも全力です(家に帰っても仕事の話は止まりません)

 

管理者だった彼女は、子供たち(この頃は3人)を連れていき、ご利用者(高齢者)の話し相手・遊び相手をさせて、評判のようでした

 

この時の末っ子の愛娘は、その日その日の感想文をご利用者の連絡帳のごとく書いていたようで、私はこれが気に入っています

「ベット(たぶん介護用)でダラダラして、ヒマだからお菓子を食べて、またダラダラして、お兄ちゃんのお菓子をこっそり食べて、またベットでダラダラして…」

彼女は、保育園時代の夏休みをほとんどデイサービスに通い、数年間にわたり貴重な時間を過ごしていたのである

 

妻は独立後も基本スタイルは変わらずというか、それ以上に頑張ります

日勤(8時前には家を出ます)・夜勤・日勤

夜勤明けにもかかわらず続けて働きます(親がパーレンチャンするがごとく、誰も彼女を止めることはできません

 

施設が年中無休なので、年間の取得休日は20日前後でしょうか(「24時間戦えますか?」というリゲインの古いCMがよみがえります)

 

事業を立ち上げて2年ほどは経営も苦しく、彼女への報酬も遅れ遅れでした(経理は私の担当です)

妻は、数字に興味はなく一切を私に任せ、実務に専念し、彼女の理想とする介護に突き進みます

損得なしの一直線です(少しは会社の経営も考えて…などと思う私は未熟者です)

 

今期はいい決算となりましたが、決算書は見ることもなく、毎月の報酬が遅れなくなったのをただ喜んでいるようです

 

そして家事も・・・

料理も得意です

 

施設では、調理専門の人がいますが、休みの時は彼女がシェフとして腕を振るっているようです

当然、定時に仕事を終えた私(最近は昼前に帰っている)は、彼女に帰りをじっと待ちます

 

残業を終え、買い物を終え、夕食が出来上がるのをただひたすらにじっと待っているのです(待つことは得意のようです)

 

この頃は、長男が夕飯の担当を引き受けてくれることがあります(旧車やガンプラに、母同様一直線にハマっていますが、いいやつに育ちました)

 

母子家庭で育った妻は、小学5年生のころから祖父母の介護や料理を担当しており、年季が違います

 

心やさしい夫でいたい

 

最後の歌詞をもう一度ここに掲載します

私の大事な だんな様  あなたに寄り添い

いつまでも 心やさしい 女房でいたい

 

私の妻が「だんな様」な理由が少し分かっていただければ幸いです

 

情けないことに、「いつまでも」ではなく「これからは」

「夫でいたい」ではなく「夫になりたい」と変換しなければなりませんが・・・

 

 

島倉千代子 『この世の花』 人生いろいろありすぎます

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