梶芽衣子 怨み節 当時の映画や若い頃を知らない自分をうらみます

「梶芽衣子」さんの来歴をサクッと読ませていただきました

ほれぼれするような生き方です

 

自分の意志ははっきりとさせ、常に信念をもって行動できる女性

1970年代のまだまだ当たり前な男社会だったあの頃に・・・

 

この作品は、そんな社会へ向けての「恨み節」だったのかもしれません

 

怨み節 1972年(昭和47年)

 

作詞:伊藤俊也 菊池俊輔

 

花よ 綺麗と おだてられ

咲いて みせれば すぐ散らされる

 

他ならぬ「梶芽衣子」さんに、この歌詞を持ってきたところに感動いたします

シンガーソングライターの多才さも素晴らしいことですが、プロの作詞家としての、職人としての矜持を感じるのです

 

・・・と何も知らない私は感じたのですが、実は作詞の「伊藤俊也」さん

有名な映画監督であり、脚本家でもあったのです

この詩の素晴らしさは、当然といえば当然の事だったのでした

 

昔の映像を観させていただきましたが、確かに「梶芽衣子」さん

綺麗でした

 

漠然とイメージだけで言わせていただくと、どこか陰(かげ)のある、そしてこれほど「ほつれ毛」の似合う女優さんを見たことがありません

 

そしてこの歌は続きます

 

馬鹿な バカな 馬鹿な女の 怨み節

「バカな」とあえてカタカナにしているだけに、歌い方も力の入りようが違うのです

 

この歌はとても短い曲の構成で、必要なもの以外を一切排除しており、シンプルがゆえの迫力を感じます

無駄のない歌詞、この女性の怨念が6番にまでわたり綴られていきます

 

中でも、この3番の歌詞の怒涛の如く流れてくる感じがたまりません

 

憎い 口惜しい 許せない

消すに 消えない 忘れられない

尽きぬ つきぬ 尽きぬ女の 怨み節

 

「藤圭子」さんのようにドスを利かせたり、至高のビブラートを響かせるわけでもありません

しかし、真っすぐな歌い方や眉間の皺(しわ)が、意志の強さ・怨みの深さを物語っています

 

「梶芽衣子」さんについて、歌唱力は今一つ?・・・というコメントをちらほら見かけますが、私の見解は少し異なります

カバー曲「昔の名前で出ています」を聞いてみてください

そこには本物の歌手がいます

 

そして、ユーチューブでは、外国人の方が多くのコメントを残されています

彼女の人として器の大きさ、世界へも通じるエンターティナーとしてけた外れの輝きを感じずにはおれません。

 

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P.S.

 

恨みつらみ

「つらみ」は、形容詞「つらい」の語幹に「み」をつけて語調を整えた語ということらしいです

「辛い」から来ていたとは知りませんでした

 

逆に、最近の若者たちのネット世界では普通に「つらみ」という言葉が使われているようです

「お金あったら遊びに行くのに。つらみ。」・・・ みたいな感じでしょうか

「つらみ」や「やばみ」などの、語尾が「◯◯み」を若者たちが使う理由は「かわいいから・ネット感が出るから」という理由らしいです

 

そして言葉はどんどん進化していきます

「わかりみ」とは「わかる」「理解している」「共感している」と言った意味です

 

若者の世界はさらにさらに進化が止まりません

「バブみ」は赤ちゃんの声の擬音によく使われる「ばぶばぶ」という言葉が由来となっています。意味は「母性を感じる」という意味になるようです

(以上、ローリエプレス記事参照しました)

 

人は怨みつらみを乗り越えて、何とか社会に溶け込もうと頑張っているのかもしれません

ただ、社会適合性の薄い私は、はじき出されても恨み言など言えません

自分で選んだ道なのだから・・・

 

こんなどうしようもない私に子供たちは、基本的には「わかりみ。」

妻に至っては、「バブみ感」?さえ感じている私は、相当なる能天気野郎なのは、間違いないでしょう。

 

そういえば、5番の歌詞にこんな怖いくだりが

真っ赤なバラにゃ トゲがある

刺したかないが 刺さずにゃおかぬ

 

調子に乗って刺される前に、改心・改心・・・

 

 

山崎ハコ 『織江の唄』 呪いを込めて藁人形に釘を刺すような女性ではありませんでした

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