究極 『六月の雨』 伝説の高校生フォーク・デュオ 40年の時を経て…

たぶん、沖縄県の方以外はほとんど知らない曲です

 

今まで一度も聞いたことのない作品にコメントをさせていただくのは、この曲が初めてです

理由は3つあります

 

① もうすぐ6月ですが、意外と6月の歌がありません

 

② アコースティックギターの音が好きです(関係ないけど、雨と降り始めの匂いも好きなのです)

 

③ 「究極」というグループ名が、高校生らしい微妙なネーミングに惹かれます

 

➃ 誰しも陥(おちい)るブログ倦怠期(けんたいき)・・・ (3つじゃないんかい!)

 

⑤ (もうありません)

 

⑥ (って、まだあるんかい!) はい、ただひとえに名曲です

 

フレッシュサウンズ・コンテスト(TBS、コカコーラ主催)で高校生でありながら全国4000組の中からグランプリに選ばれ、多くのレコード会社から声がかかるが全てを断り学業に専念

(ディスクユニオンより)

 

⑦ 何という純真さ、ピュアさに心打たれます(⑦…最後までお付き合いいただきお疲れさまでした)

 

六月の雨 昭和55年(1980年)

 

初めて聴いたときは、なぜか「琵琶法師」が浮かびます

「突き詰めたら、この素晴らしい世界が出来上がっていた」

そんなイメージだったのです

 

作詞・作曲:垣花繫夫

不覚にも、イントロでグッときてしまいました

 

 

六月の雨が 降り出した 君が消えた あの日のよう

ただ 後ろ姿 見つめていた 雨の中

 

心が洗われるように、二つのギターの音色が流れていきます

しかし、彼の想いはどこまでも辛く悲しく、「あの日」を思い出す雨に心は沈みます

 

 

六月の 雨が消えてゆく 思い出をつれて 消えていく

いま 暗い空に 思い出が 走り出す

 

1番の「ただ」、そしてこの2番の「いま」

音の下がり具合と哀愁を帯びたこの歌い方、クセにならずにはいられません

 

 

ああ たたずむ 僕の目に 鮮やかな 六月の 雨

ああ たたずむ 僕の目に 鮮やかな 六月の 雨

 

最後のくり返し部分では、気持ちを絞り出すかのように音が上がります

そして、1分あまりの素晴らしいエンディングが鳴り響くのでした

ここで初めて登場したエレキギターは、最高の幕引きを演出します

 

六月の雨に「鮮やかな」との言葉を選ぶ感性が凄いです

沖縄出身の彼らは、梅雨どきでもスコールのような激しい雨も多く、そのあとを「鮮やか」と表現したことに不自然はないのでしょう究極「Shige」サイト参照)

 

すこし歪曲(わいきょく)した考えが浮かびました

”思い出も薄れ、徐々に色あせていく彼女の笑顔”

作者は、そんな自分が怖くなり、「鮮やかな」という景色と言葉の響きで、薄れる想い出にあらがいたかったのかも・・・

 

「究極」のツインボーカルの一人「垣花繁夫」さんは、ご病気のため2007年(46歳)をもって逝去されていました

そして偶然にも、アルバム「究極/六月の雨」が全国発売(2020/6月)されることも同時に知りました

 

とても貴重なこの作品と素敵なグループをご紹介してくださいました方々に、心から感謝いたします。

 

P.S.

 

梅雨(つゆ)

 

語源・別名についてはいろいろあるようです

 

①梅の実が熟す頃である

②湿度が高くカビが生えやすいことから「黴雨(ばいう)」

③「毎」日のように雨が降るから「梅」という字が当てられた

梅霖(ばいりん)」、旧暦で5月頃であることに由来する「五月雨(さみだれ)」、麦の実る頃であることに由来する「麦雨(ばくう)」などの別名がある (ウィキペディア)

 

五月雨(さみだれ)

 

梅雨時の雨のように、物事が長くだらだらと続くことから「五月雨式」という言い方もあります

「さみだれ」の響きがとても好きなのですが、最近はあまり使わなくなったのが、少し残念です

 

そしてもひとつ

五月雨を あつめて早し 最上川(もがみがわ)

 

「松尾芭蕉」が『おくのほそ道』の旅で詠まれた句です(作者は知りませんでした)

山形県の75%を占めるといわれるこの川は、自然の恵みそのものです

 

旧暦5月の印象を残す五月雨

そして同じく梅雨どきの鬱陶(うっとう)しい、あのハエたち

今の人なら「ウザイ」と言ったりするのでしょう

 

たしかに「五月蠅い」(うるさい)ことこの上ないですが・・・

 

 

愛のカタチ 中村つよし(海蔵亮太)『誰も知らない泣ける歌』 平成20年

すずき一平(旧・鈴木一平) 水鏡 昭和55年

 

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